平成28年3月13日(日)  目次へ  前回に戻る

おいらに似ているでガジ?

金曜日から二日経ったので、ほんとにまた明日から月曜日。今週はどうなるんでしょうか。

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「ミノムシ」はあわれである。

○みのむし、みのむし。鳴き声が聴こえづらいのが、あわれである。「ちちよ」と鳴くというので、孝行ものだというのだが。どうして「鬼の子」などと、清少納言は書いたのであろうか。ひどいひとである。もし親父が鬼だったとしても、チャイナ古代の伝説の聖天子・舜のおやじはオロカものの瞽叟(こそう)であったのだから、おまえは虫の中の舜なのかも知れない。

○みのむし、みのむし。鳴き声が聴こえづらくて、しかも無能なのがあわれである。マツムシは声が美しいから、かごの中の飼われて、花の野に鳴いている。おカイコは糸を吐くから、なんとか人民たちの手の中で死んでいくことができる。

○みのむし、みのむし。無能な上に鳴き声が聴こえづらいのがあわれである。蝶は花から花へといそがしく、蜂は蜜を集めて、行きに帰りに飛び回っている。だが、だれがおまえに甘いものを与えてくれるだろうか。

○みのむし、みのむし。からだが小さいのがあわれである。わずかに一滴の水を得ればその身をうるおすことができ、一枚の葉を得ればそれを住み家にすることができる。思うに、龍やおろちの勢いがあってさえ、たいていニンゲンどもに害われてしまうのだから、おまえのようにからだが小さい方がいいのかも知れない。

○みのむし、みのむし。おまえは一本の糸に吊り下がっている。漁師が一本の釣り糸を携えているのと同じだ。漁師は風と波にさらされながら、魚を得て酒に換えることばかりを思っている。いにしえのチャイナの賢者たちも、隠者として釣り糸を垂れているところを、太公望は文王に、厳子陵は光武帝に、邪魔をされたのだった。

(中略)

又以男文字述古風。また、男文字(漢字)を以ていにしえの風(うた)を述べる

蓑虫蓑虫、落入牕中。 蓑虫、蓑虫、落ちて牕中に入る。

一糸欲絶、寸心共空。 一糸絶えんとし、寸心ともに空し。

 みのむし、みのむし。我が庵のまどの中に落ちて入ってきた。

 たった一本の糸が切れて、小さな心はもう空っぽであろう。

似寄居状、無蜘蛛工。 寄居(がうな)の状(すがた)に似るも、蜘蛛の工(たくみ)無く、

白露甘口、青苔粧身、 白露は口に甘しとし、青苔にて身を粧う。

「寄居」(がうな、かにみな)はヤドカリのこと。

 ヤドカリみたいな漂泊者だが、クモみたいに網を張る技術は無い。

 透明な露を飲めば美味に思い、青いコケを衣装として身にまとっている。

みのむしは、

従容侵雨、飄然乗風。 従容として雨を侵し、飄然として風に乗れり。

栖鴉莫啄、家童禁叢。 栖鴉(せいあ)啄むなかれ、家童叢するを禁ず。

文句も言わずに雨ざらしになり、飄々として風に揺られているのだ。

 木に棲むカラスよ、(みのむしを)啄まないでくれ。下働きのわらべどもよ、草むらに棄ててしまってはいけないぞ。

天許作隠、我憐称翁。 天は隠と作(な)るを許し、我は翁と称するを憐れむ。

脱蓑衣去、誰識其終。 蓑衣を脱し去りて、誰かその終わりを識らん。

 天が(みのむしが)隠者になるのを許しているのだ。わたしも(みのむしが)「ちちよ」と鳴くのがかわいそうなのだ。

 (みのむしが)みのを脱ぎ捨てて、いったいどこに行ってしまうのか。誰も(みのむしが)行くところを知らないだろう。

ニンゲンの体、という殻を脱ぎ捨てて、われらが行こうとしているはるかな真実の世界―――と同じカモ。

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本朝・山口素堂「蓑虫の説」「風俗文選」巻四所収)。「蓑虫」は芭蕉をはじめとする俳諧師たちの理想像だったんだそうです。

肝冷斎も、もともとこういう虫ニンゲンだったのが、誤って数十年、世俗の塵の中に落ちてうごめいていたのだ。無能の故を以て今週にも世俗を追われるのは、まさにあるべき場所に戻るということであろう。憂うることではないのだ。・・・と思ってがんばって明日も出勤はしてみよう・・・かな。

 

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