平成27年12月8日(火)  目次へ  前回に戻る

「世界の全体が、おまえたちにいつも見えているわけではないのだ、けけけ」

今日はマグロおいしうございました。もう週末だし、うれしいな。

現実にはまだ火曜日だが、現実なんて無視だ。我々が「現実だ」と考えている世界の姿など、ほんとうの世界の似姿でさえない・・・かも知れないのだから。

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宋の時代のことです。

魯幹というひとが、用事があって杭州に行ったが、面会したいひとになかなか会えないので、

昼臥客舎。

昼、客舎に臥す。

昼間から旅館で寝ていた。

ごろごろしながら

回視壁有罅。

壁を回視するに罅有り。

部屋の壁を見回していたところ、一か所ヒビ割れが入っている。

(ああ、あそこにヒビ割れが入っているなあ・・・)

と思っていると、その瞬間!

傲然開。

傲然として開けり。

ガラガラと音を立てて、そのヒビ割れが開いたのだった。

「なんと!」

驚いて、開いたヒビ割れの間から

闖而視之、人居也。

闖(ちん)してこれを視るに、人の居なり。

入り込んでみたところ、そこはニンゲンの住処らしい。

奥の壁に朱色の扉がある。

(開けてみようかどうか)

と逡巡していると、扉は向こう側からおもむろに開いた。

「!」

中から、

美婦褰簾出。

美婦、簾を褰(かか)げて出づ。

美しい女が、扉の向こうののれんをあげて、こちらに出てきたのである。

「おひさぶりね」

女は

与客語如素識。

客と語るに素より識れるが如し。

魯幹に、まるで以前からの知り合いであるかのように話しかけてきた。

(この女には、はじめて会ったと思うのだが・・・)

「じゃあ、これを」

女は、

以真珠花畀之、曰、持此帰、謹蔵之。他時相遇合、徴此為信。

真珠花を以てこれに畀(ひ)し、曰く、「これを持ちて帰り、謹んでこれを蔵せよ。他時にあい遇合して、これを徴して信を為さん」と。

真珠でできた花を、魯に手渡して、言う、

「これをお持ち帰りになって、大切にしておいてくださいな。いつかまたお会いしたときに、その花があなたであるしるしになりますからね」

と。

「ど、どういうことですか?」

と問うたつもりのその時、――――――――――

「あれ?」

気づくと、ベッドの上に寝ていた。

復視壁、無繊隙。

また壁を視るに、繊隙無し。

また壁を視てみたが、少しの隙間も無い。

「夢だったのかな・・・」

ところが、

花故在手。

花もとのごとく手に在り。

花を、さきほどのとおり、手に持っているのである。

しかし、それは真珠の花ではなく、

乃一旱蓮草、已枯萎矣。

すなわち一の旱蓮草にして、すでに枯れ萎みたり。

ただの乾いた蓮草でしかなかった。すでに枯れ、萎んでしまっている。

「・・・・・・・」

さて。

魯幹は用事を終えて、家に帰った。

還家即病。

家に還りて即ち病めり。

家に帰りつくと、すぐに病気になってしまった。

病床で、親しい者たちに持ち帰った枯草を見せ、上のようなあらましを述べたのである。

その後、枕元にその枯草を置いていたが、

病中視草復為珠花。

病中、草を視るにまた珠花と為る。

「病気の間にこの草を見ていたら、また真珠の花に変わってきたようだ・・・」

と言い出した。

他人が見ても、ただの枯草である。

しかし、

病急猶不忍釈手、遂殂。

病急なるもなお手を釈(お)くに忍びず、遂に殂す。

病状が改まって危篤状態になっても、なお手からその草を離そうとせず、ついに亡くなってしまった。

その死に顔には、かすかに笑みさえ浮かべていた、という。

ああ。

魯は死なんとしながら、いったいどんなまぼろしを見ていたのだろうか。それは熱に浮かされた彼の夢だったのか、それとも本当になにものかに連れ去られたのか。

惜無人問其所遇詳究者。

惜しむらくは、人のその遇するところを問いて、詳らかに究むる者無し。

残念なことに、魯に、彼が出会った女のことを詳しく聞き、それがなにものであったのか考究してみたひとは、だれもいないのである。

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宋・佚名氏「鬼董」巻三より。

現実なんて無視、無視。まぼろしの世界にはやく入ってしまおう(と思います)。さらば、現世。

 

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