コドモたちの夢は破れてしまうものなのか。
「今晩は。今宵はおいら膵冷童子が・・・あれ、誰かオトナが来たぞ、隠れていようっと」
・・・その人影は何やら詞を口ずさみながらやってきました。
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おっほん。
わしは分家・肝冷斎じゃ。また当代の肝冷斎が行方不明になったというので、代わりにやってきましたのじゃ。(シゴトがつらかったのじゃろうのう。かわいそうにのう)
確か肝冷斎はこの池のあたりのはず・・・。
一曲うたいながら探すかのう。
緑葉陰濃、遍池塘水閣、偏趁涼多。
緑葉陰濃く、池塘・水閣に遍く、ひとえに涼の多きを趁(お)う。
みどりの葉が茂り、その陰は濃く、池の堤、水辺のあずまやを一体に覆っていて、わしらはその涼しさを求めてやってきたのだ。
海榴初綻、妖艶噴香羅。老燕携雛弄語、有高柳鳴蝉相和。
海榴初めて綻び、妖艶として香を羅に噴く。老燕は雛を携えて語を弄し、高柳に有りて鳴く蝉と相和せり。
ザクロの花はようやくほころび、あでやかに香をうすぎぬのようにまき散らしている。親となったツバメがヒナを連れてなにやら語りかけるように鳴き、柳の高いところで喚いているセミと唱和しているようだ。
ああ、にわか雨だ。
驟雨過、珍珠乱縿、打遍新荷。
驟雨過ぎ、珍珠乱れ縿し、あまねく新荷を打ちぬ。
にわか雨が走りすぎて、値高いタマが乱れほつれて、池のおもてのハスの若い葉をなべてぱらぱらと打ち据えた。
・・・にわか雨が過ぎて、夜は晴れた。
人生有幾、念良辰美景、一夢初過。
人生いくばくか有らん、良辰の美景を念い、一夢初めて過ぐ。
ニンゲンの生きている間に、いったいこんなよい夜、美しい風景にどれほど出会えることであろうか。夢からさめたばかりのような清々しさだ。
窮通前定、何用苦張羅。命友邀賓玩賞、対芳樽浅酌低歌。
窮通は前定せん、なにをもって羅を張るを苦しまん。友に命じ賓を邀(むか)えて玩賞し、芳樽に対して浅酌低歌せん。
行き詰まるのもうまいこといくのも、どうせはじめから定まった運命なのだ。家の前にスズメ捕りの網を張るような状況(お客さんが来ない)になったからといってどうして苦悩することがあろうか。さあ、友人を招き目上の人をお迎えしてこの風景をほめそやし、酒の入った香りある樽を前にして、少しづつ飲みながら、低い声で歌をうたおうではないか。
且酩酊、任他両輪日月、来往如梭。
しばらく酩酊し、かの両輪日月の、来往して梭のごときに任せん。
しばらく酔っぱらってしまおう。そして、二つの丸いやつら――太陽と月には、機織りの筬が左右に行き来するように、好きなように往来させて(時の過ぎるのは忘れ)てしまおうではないか。
「任他」は「そいつに任せておけ」という意で「さもあらばあれ」と訓じられる語の一つですが、ここでは「任せる」と訓じてみた。
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金・元好問の名高い「驟雨打新荷・双調」(「にわか雨がハスの若葉を打つ」(「二人囃子」の節で))である。
この詞には元好問の、驟雨のような社会の動乱の中で、それでも一時の行楽を得て楽しもう、という人生観が込められています。友を集めお客を呼んで、しかし「浅く酌み、低く歌う」という景気の悪い宴会をしよう、月日はどんどん流れていくけど・・・というのです。
が、元代に入りますとこの詞の持つある種の諦念は、アンニュイな感覚だと解釈され、
歌妓解語花者、左手執荷花、右手執杯行酒歌。(「古今詞話」)
歌妓の解語花なるもの、左手に荷花を執り、右手に杯を執りて酒を行(や)りて歌えり。
うたひめの、「コトバを解する花」という名の気の利いたのが、左手にハスの花を持ち、右手にさかずきを持って、酒を注いだり注がれたりしながら歌った。
というように、大人の知識人たちの快楽を求める宴会で歌われるようになってしまったのだそうです。ちなみに「解語花」は元の都・大都で一時を風靡した有名な妓女で、彼女がこの詞をうたうところは、元の文人画家・趙松雪が
手把荷花来勧酒、 手に荷花を把りて来たりて酒を勧め、
歩随芳草去尋詩。 歩は芳草に随いて去りて詩を尋ぬ。
手にはハスの花を持って、そばに来て酒を勧めてくれたが、
香のよい草を踏みしめて、詩を探しに離れて行ってしまった。
ああ!
誰知咫尺京城外、 誰か知らん、咫尺の京城の外に
便有無窮万里思。 すなわち無窮の万里の思いの有るを。
わずかに都の門を出れば、
そこにははるかな遠い国の思い出があるなんて、あなたのほか誰も教えてくれなかった。
と謳い、また画に描いたそうなのである(清・阮元「小蹌踉筆談」による)。
―――ということで、これはオトナの歌ですのじゃ。
・・・と。
なんだ? この看板は。「うっしっしコドモ広場」?
ここはわれら一族の代々隠れ棲む肝冷斎の地だぞ。いったいいつから「コドモ広場」になったのだ。こんな看板抜いてしまえ。(ぶちゅっ)
代わりに「本家・肝冷斎」の看板を立てておきますね。