平和に釣りでもしていたいのだが。
雨がよく降りますね。もちろんみなさんの住む平地地方のことですが。
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戦国の時代、鄭同というひとがいまして、趙王に見(まみ)えた。
趙王曰く、
「あなたは南方の博士(広い見聞を持つ君子)であると聞く。どのようなお話を寡人(諸侯の自称。「わたし」)にいただけるのであろうか」
そこで鄭同が言いましたのは、
臣少之時、親嘗教以兵。
臣少(わか)き時、親かつて兵を以て教う。
「わたくしが幼いころ、父親から軍事のことを教わりましたものでございます(わたくしは代々軍事学を研究しております)」
趙王、首を振っていうた、
寡人不好兵。
寡人兵を好まず。
「わたしは軍事を好まないのだ」
うわーい、平和を愛する人なのでちゅー。ということはいい人のはず。
すると鄭同は
撫手仰天而笑之、曰兵固天下之狂器也。
手を撫で、天を仰いでこれを笑い、曰う、「兵はもとより天下の狂器なり」と。
両手をこすりあわせ、空を見上げて、「わははははははは・・・・」と大笑い。そして笑いをおさめてから言うた、
「軍備は確かにこの世の中のまともならざる道具でございますなあ」
と言い出した。
さらに続けて、
臣固意大王不好也。
臣もとより大王の好まざるを意(おも)えり。
「そうなんです、わたしははじめっから偉大な王さまというのはみな軍事のことを好まれない、ということを思っておりました」
という。
鄭同は趙王の平和を愛する言葉を聞いて、反省して平和主義者になった?
・・・のではありませんでした。
「王さま、わたくしはこの間まで魏の国におりました。魏の昭王さまにお目通りして、同じことを申し上げたのでございます。
すると魏王さまもまた
寡人不喜。
寡人喜ばず。
―――わたしは軍事のことは好きではない。
とおっしゃったのです。やはり王さまともあろう方々は同じようにお考えになるのですなあ。
そこでわたしは申し上げました。
今有人、操隋侯之珠、持丘之環、万金之財、時宿於野。
今、人、隋侯の珠、持丘の環、万金の財を操りて、時に野に宿る有りとせんか。
いま、仮に、あるひとが無双の宝物である「隋侯の宝珠」と「持丘の腕輪」と、それに一万枚の金貨を身に着けて野宿していたとしましょう。
このひとには人を従えるような威厳も無く、武器も持った護衛もいないとすればどうなりましょうか。おそらく、
不出宿夕、人必危之矣。
宿夕を出でずして、人必ずこれを危うくせん。
一晩か二晩のうちに、必ず誰かが彼を危険な目に合わせることでございましょう。
さてさて
今有強食之国、臨王之境、索王之地、告以理則不可、説以義則不聴、王非戦闘守圉之具、其将何以当之。
今、強食の国有りて、王の境に臨み、王の地を索(もと)め、告ぐるに理を以てしても可ならず、説くに義を以てするしても聴かざれば、王は戦闘守圉(しゅぎょ)の具にあらずんば、それはた何を以てこれに当たらんや。
今度は、仮に、強く貪欲な国があって、王さまの国の境までやってきて、王さまの領地を割譲せよと請求してきた。そこで理性をもって対応してやったがダメだし、正義をもって説得しようとしても聴く耳を持たない。そんなときは、王さまは戦闘や守備のための道具以外に何を以てこの国に対応いたしますか。
王若無兵、隣国得志矣。
王、もし兵無ければ、隣国志を得ん。
魏王さまにもし軍備が無ければ、お隣の国がその志を遂げる、ということでございますぞ。
―――と」
これを聞いた趙王は、身を乗り出して訊ねた。
「それを魏王にいうたのか?」
「はい」
「それで、魏王はどう言った?」
「魏王さまは、いたく興味をお持ちでしたが、明日返事したい、とのことでした。そこでわたしはすぐに荷物をまとめてこちらにお邪魔した次第です」
「わかった」
趙王曰、寡人請奉教。
趙王曰く「寡人請う、教えを奉らんことを」と。
趙王は言った、
「どうか先生、ここにとどまってわたしを指導いていただきたい」
と。
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魏と趙はまさに隣国なんです。「戦国策」巻六・趙策下より。
もちろんここで言っているのは単独自衛のための軍備のことであって、大量の核ミサイルを誇示するよりおそろしいというあの「集団的自衛権」のことではありません。