おいらとシゴトは本質的にケンエンの仲。
本質を忘れてはならない。
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唐の大暦年間(766年〜779年)のことでございますが、隴州の太守から奏上あり、
猫鼠同乳。
猫・鼠、乳を同じうす。
ネコとネズミが(おそらくネズミの母親が死んだので、ネコの母親から)いっしょに乳を飲むということがございました!
うわーい。
ネコとネズミが仲良く、ママのおっぱい、ちゅうちゅうちゅう。
みんな仲良しうれちいなー。
「これはすばらしいことである」
と宰相は
率百僚賀。
百僚を率いて賀す。
もろもろの役人たちとともに、皇帝に慶賀を申し上げた。
ところが崔祐甫はただひとり、
仁則仁矣。無乃失于性乎。
仁なるはすなわち仁なり。性においてはすなわち失うなきか。
「確かに愛のなすことではございます。しかしながら、その本質を失ってしまってはいますまいか。
これを慶賀するようでは、臣たること、子たること、の本質を喪失したような者たちを褒めそやすことになりましょう。」
と上奏し、慶賀の列に加わらなかったということである。
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宋・銭易「南部新書」巻甲より。
おいらたち肝冷族は、本質的に大事なことをシゴトより優先してきたはずである。この本質を忘れてはならない。