(←高尚に生きる)
やっと週末。しかしもう来週が近づいてきている。
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宋の劉卞功(りゅう・べんこう)は字を子民といい、濱州安定の人である。
六歳のとき、誤まって甕(カメ)を倒し、これを破砕してしまったことがあった。
家人がこれを叱ると顔色を変えもせずに、曰く
俟釘校者来、当全之。
釘校者の来たるを俟(ま)ちて、まさにこれを全うすべし。
「釘校(ホ)」は「かなもの師」のこと。
「かなもの師さんがもうすぐ来まちゅからね。彼が来たらもとに戻してあげまちゅよ」
と。
「誰がかなもの師なんか呼ぶものか。陶器である甕を直せるはずがないだろう」
と家人らは怒ったが、子民答えて曰く、
人破尚可修、矧甕耶。
人破るれどもなお修むべし、いわんや甕をや。
「ニンゲンが壊れても直せるんでちゅよ。どうしてカメが直せないことがありまちゅか」
このコトバが終わるや否や、誰も呼んでいないのに金物師がやってきた。金物師は六歳の子民となにやらかにやら相談していたが、
相与料理、頃之如新。
あいともに料理して、頃之に新たなるが如し。
二人でいじくっているうちに、甕は、しばらくしたら新品のように完全なものに戻った。
そのような不思議なコドモであったが、成人の後、あるとき言うに、
常人以嗜欲殺身、以貨財殺子孫、以政事殺民、以学術殺天下後世。
常人は嗜欲を以て身を殺し、貨財を以て子孫を殺し、政事を以て民を殺し、学術を以て天下後世を殺す。
一般に人というものは、
1)嗜好や欲望のせいで自分の体をダメにしてしまう、
2)財産を貯め込んで子孫をダメにしてしまう、
3)まつりごとを通して人民をダメにしてしまう、
4)学術を主張して天下の後世の学者を騙し、ダメにしてしまう。
これを「四殺」というが、
吾無是四者、豈不快哉。
吾この四者無し、あに快ならざらんや。
わしにはこの四つが無いのだ。なんとここちよいことではないかね。
―――と。
そうして
築環堵于家之後圃、不語不出者三十年。
環堵を家の後圃に築き、語らず出でざるもの三十年なり。
自宅の裏庭に塀で囲んだ一画を作ると、そこに入り込んで出てこず、誰ともことばを交わさずに三十年を経た。
ヘンなひとである。
ヘンなひとだ、という評判が高くなった。
徽宗皇帝、そのことを聞き、召し出だそうとしたが辞したので、「高尚先生」の号を賜った。
後、金が攻め込んで靖康の変(1126年)が起こり、北宋が滅んだ。子民はそのころふいと姿を消してしまい、その後その行方を知る者はいない。
姿を消す以前に、親戚の王子常が「おじさん、おいらどうやって生きていけばいいのかなあ」と問うたとき、答えた詩が遺る。すなわち、
非道亦非律、 道にあらずまた律にあらず、
又非虚空禅。 また虚空の禅にもあらず。
独守一畝宅、 ひとり一畝の宅を守り、
惟耕己心田。 ただ己の心田を耕すのみ。
道教もいかがなものか、律を守る仏法もいかがなものか。
また、(律にはうるさくない)虚空を求める禅仏教もいかがなものか。
わしはたった一人、小さな家に籠り、
自分自身の「心」という田を耕し続けているばかりだ。
口にして、噛みしめ、味わうべきコトバである。
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宋・趙与旹(ちょう・よじ)「賓退録」に拠る(清・殊L編「宋詩紀事」巻九十所収)。
「ニンゲンが壊れても直せる・・・」か。おいらみたいに壊れていても直せるのかな? まあ、直しても月曜日にはまた壊れるんだから、ムダか。