「おめえらのことじゃないの?」「ぶびー」
女はコワいですなー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
五代の殺伐とした時代のことです。
陸承澤というひと、新しい家に転居した。
引越しの真っ最中に、突然、
有一女子布服戴巾、蒙其面、入門。
一女子の布服して巾を戴きてその面を蒙する有りて、入門す。
布の服を着た女が、頭巾で顔を隠して門から入ってきた。
庭に立ったその女、
気息穢悪。
気息穢悪なり。
吐く息のにおいがたいへんに臭い。
引越し作業中の若い衆たちはその悪臭にみな手を止めて、その女を見た。
女は、自分を見つめる者たちに、物が軋むような声でにくにくしげに言うた。
叵耐此輩、当鞭殺人。
この輩には耐うるべからず、まさに人を鞭殺すべし。
「おまえたちにはもうがまんがならないね。ムチで打ち殺してあげるよ。ぎっぎっぎ・・・」
と、そう言って、そのまま女は身じろぎもしないのだった。
「叵」(ハ)は「固い」ですが、「不可」を縮めて発音すると「ハ」になることから、「不可」の二文字を意味するのにも使われる。
廊上にいた陸承澤が叫ぶように問うた。
何者。
何者ぞ。
「女、お、おまえこそナニモノなのだ?」
即息声。
即ち声を息(や)む。
女は答えない。
「ナニモノなのだ?」
再問亦不応。
再び問うもまた応ぜず。
もう一度問うたが、女は一言も答えない。
「ええい!」
陸は憤激し、
令人起巾。
人をして巾を起こさしむ。
そばにいた若い衆に
「おい、その女の頭巾を剥ぎ取ってしまえ!」
と命じた。
「へい!」
若い衆は悪臭に顔をしかめながら身動きしない女の頭巾をまくり上げると、その下にあったのは―――
廼一臰爛彘首。
すなわち一の臰爛(しゅうらん)せる彘首なり。
なんと、腐って爛れたブタの頭であった。
それが、ごろん、と地に落ちた。
同時に、女の体も崩れ落ち、ボロ布に変わり果てた。
みな茫然として顔を見合わせた・・・。
其年陸遇害。
その年、陸、害に遇う。
その年のうちに陸承澤は殺害された。
・・・・・・・・・・・・・・
五代・陳纂「葆光録」巻三より。女ではなくてブタがコワかったのか。いや、ブタの女、か。