(キリンを食べようかサルを食べようかゾウを食べようかと悩んでいるうちに人生は過ぎ去って行く)
今日はあまりに眠く目も腫れぼったいので、インフルエンザではないか―――と思ったのですが熱が出ないので不思議でしかたありません。このままでは明日ズル休みできないぞ。
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屈原が王宮を追放されて三年になった。王にはお目通りもかなわぬ。王に仕えて知と忠を尽くしたのだが、讒言によって王と隔てられ、絶望と悲哀によってどう行動したらいいのかわからない。
乃往見太卜鄭・尹、曰余有所疑、願因先生決之。
すなわち往きて太卜(たいぼく)・鄭・尹(ていえんいん)に見みえ、曰く「余、疑うところ有り、願わくば先生に因りてこれを決せんことを」と。
そこで、王室筆頭占い師の鄭・尹に面会し、言うた。
「わしにはどうしても自分で決めかねていることがあるのじゃ。先生のお力によって決断したいと思うのじゃが、占ってはくれまいか」
・尹、ただちに筮竹を手にとり、亀の甲羅のホコリを払って問うた、
君将何以教之。
君はた何をもってかこれに教えん。
「あなたは筮竹と亀の甲羅に、何事を占ってほしいというのですか」
と。筮竹は「易」を立て、亀の甲羅は火にあぶってその割れ目で占う「亀卜」(きぼく)に使うものである。ちなみに「卜」はこのとき亀の甲羅にできる割れ目の「形」で、この字を「ボク」と読むのは、あぶられた亀の甲羅が割れるときの「音」を採ったのだ、という。
「実は・・・」
屈原は占ってもらいたいことを述べた。
1 わたしは誠実に純朴に主君にまごころを以てお仕えすべきなのか、それとも古来のやり方は棄てて、最近のやり方に倣ってまわりと合わせ、困窮から逃れだすことを考えるべきであろうか。
2 義務を棄てて雑草を刈り耕作に励み、農業に従事すべきだろうか、それとも貴人たちの間で立ち働いて、名声を求めるべきだろうか。
3 たとえ身を危うくしても、正しいことをまっすぐに申し上げていくべきだろうか。それとも世俗と協調して富貴を得、うまく生きていくべきだろうか。
4 高邁に身を処して真理を守っていくべきだろうか、それとも身をかがめお上手をいい、にやにや・じめじめしながら宮女たちにも頭を下げて生きていくべきなのだろうか。
5 廉潔にして正直に振る舞い、自ら納得できる清らかさを保つべきだろうか、それとも扉の軸のように油やなめした皮の如くねばつきながらも円滑に世を経巡っていくべきだろうか。
6 昂然と千里を行く馬のように志を高く持っているべきだろうか、それとも川のカモのように水の流れのまま、波の上下のままに生きて身を全うすべきであろうか。
7 駿馬たちとともに脚の速い車を牽くべきだろうか、それとも駑馬のあとにしたがってやる気無さげにゆっくり行くべきだろうか。
8 寧与黄鵠比翼乎、将与雞鶩争食乎。
むしろ黄鵠(こうこく)と翼を比(なら)べんか、はた雞鶩(けいぼく)と食を争わんか。
黄色い猛禽とともに翼をならべて高い空に舞いあがろうか、それともニワトリやアヒルと地べたで食べ物を争いあっているべきだろうか。
以上の八疑である。
屈原曰く、
此孰吉孰凶。何去何従。世溷濁而不清、蝉翼為重、千鈞為軽。黄鐘毀棄、瓦釜雷鳴。讒人高張、賢士無名。
これいずれか吉にしていずれか凶なり。何をか去りて何にか従わん。世、溷濁して清からず、蝉翼重しと為し千鈞軽しと為す。黄鐘は毀棄せられ瓦釜は雷鳴す。讒人は高張して賢士無名なり。
「それぞれ、どちらが幸運につながりどちらが不幸につながるであろうか。どちらの方向性を去ってどちらの方向性に向かうべきだろうか。時代は混乱し汚れ果てて清廉などどこにもない。セミの羽のような薄っぺらなものを重々しく扱うかと思えば、200キロもありそうな重厚なものを軽んじる。標準音を出す黄金の鐘(のような真理を述べる人)は傷つけられ棄てられてしまい、陶製の釜の音が雷鳴のようにありがたがる。讒言ばかり言っているやつが高い位にあって威勢を張り、賢者はその名を知られることもない・・・。
吁嗟黙黙兮、誰知吾之廉貞。
吁嗟(うさ)、黙黙たり、誰か吾の廉貞を知らん。
ああ! 声をあげて宣伝しないので、わたしが清廉で正義を守っていることを知っているひとなどいないのだ」
と。
「う〜ん、そうですか・・・」
・尹、以上を聞きまして、
乃釈策而謝曰、夫尺有所短、寸有所長。物有所不足、智有所不明。数有所不逮、神有所不通。
すなわち策を釈(お)きて謝して曰く、「それ、尺にも短きところ有り、寸にも長きところ有り。物にも足らざるところ有り、智にも明らかなざるところ有り。数にも逮(およ)ばざるところ有り、神にも通ぜざるところ有り。
そして、手にしていた筮竹を置き、
「あの、ですね、一尺30センチで測ろうとするとそれより短かすぎて測れきれない、しかし一寸3センチで測ってみるとそれより長すぎて測りきれない、ということがあります。
また、物資がたくさんあるのにどうしても足らないというときもありますし、どんなに智慧を絞ってみても気づかないこともあります。
人間の予測によってはわからないこともありますし、神霊の予知でも答えの出ないことがあるものです。
あなたのご疑問はまさにそれにあたりまする。
用君之心、行君之意。亀策誠不能知此事。
君の心を用いて君の意を行え。亀・策まことにこの事を知るあたわず」と。
どうぞ、あなたの御考えであなたのやりたいようにやってくだされ。亀卜も易占もあなたのご疑問にこたえることはできませぬ。」
と謝ったのであった。
屈原の勝ちだ・・・と言っても喜べませんが。
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「楚辞」より「卜居」。
屈原は悩んでいるようですが、たいていの悩みごとはほんとはもう実は決断してて、あとは時期が熟して煮えてくるのを待っている、だけなんですよね、たいてい。