おれは一人酒しか知らないが・・・
月曜日。どよんと過ごす。
どよよんついでに一昨日の「淳于髠の答え」を紹介しておきましょう。いつどんな形で今回の人生を終えることになるのかわからない年齢になっておりますので、なにごともやりかけで遺しておくわけには、もういかないのでございます。
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ざっとおさらいをします。
・・・戦国時代、斉の威王(在位前356〜前320)が賢者の淳于髠(じゅんうこん)を宴席に招いたときに、
先生よくいくばくを飲みて酔うぞ。(先生は、どれほどのお酒をお飲みになったら酔い潰れてしまいますかな?)
と訊いた。短躯・醜悪な外貌であるが賢者としての評判高い淳于髠は、
臣は一斗にしてまた酔い、一石にしてまた酔う。(やつがれは1.9リットルほど飲めば酔いつぶれてしまいまする。そして19リットルほど飲んでも酔い潰れまする。)
と答えたのであった。
先秦時代の一斗はゲンダイのほぼ十分の一の約1.9リットルだそうです。一石はその十倍。
王、疑うて訊ぬるに、
先生一斗を飲みて酔う、いずくんぞ一石を飲むをよくせんや。(先生は1.9リットルで酔いつぶれるとおっしゃる。どうして19リットルもてお飲みになれるのか?)
なーんでか?
以下、回答です。
淳于髠、答えて曰く、
賜酒大王之前、執法在傍、御史在後、髠恐懼俯伏而飲不過一斗、径酔矣。
大王の前に賜酒さるには、執法傍に在り、御史しりえに在り、髠恐懼し俯伏して飲むこと一斗に過ぎざるも、ただちに酔えり。
大王さま、あなたさまの御前にてお酒をいただきますときは、宴会係がすぐそこにおりますし、検察官が王の後ろに控えておられます。この髠などその状況では、うつむいているばかりで1.9リットルも飲めばすぐに酔っぱらってしまいますよ。
また、もし尊敬する客人と親しく接するときなど、
侍酒於前、時賜余瀝奉觴上寿数起、飲不過二斗、径酔矣。
前に侍酒し、時に余瀝を賜り觴を奉りて上寿のため数(しばしば)起たば、飲むこと二斗に過ぎざるも、ただちに酔わん。
お客さまの前にはべってお酒のともをし、時おりは余り酒を注いでいただき、こちらからは何度もさかずきを返して相手さまの長寿をお祈りすることばを申し上げねばならないようなところでは、3.8リットルも飲んだらすぐに酔ってしまいますね。
ところが、
若朋友交遊久不相見、卒然相覩歓然、道故私情相語飲、可五六斗、径酔矣。
もし朋友の交遊して久しく相見ず、卒然として相覩(み)て歓然たり、故私の情を道(い)いて相語り飲めば、五六斗ばかりにして、ただちに酔えり。
もしも仲の良かった友人と長らく会っていなかったのが、突然出会った。大喜びで、むかしの話などを語り合いながら飲むのであれば、9〜10リットルぐらい飲んで、やっと酔いますね。
もしも田舎の集落で宴会することになって、
男女雑坐行酒稽留六博投壺、相引為曹、握手無罰、目眙不禁、前有堕珥後有遺簪、髠竊楽此飲可八斗而酔。
男女雑坐し行酒して六博・投壺に稽留し、相引いて曹を為して、握手するも罰無く、目眙(もくち)するも禁ぜず、前に堕ちし珥(じ)あり、後に遺(わす)られたる簪有れば、髠この飲を竊(ひそか)に楽しみて八斗にして酔わん。
オトコもオンナもまじわって座り、お酒を回し飲みしながらサイコロ賭博や壺入れダーツを続け、お互いにひっぱりあって小部屋に入り、手を握り合ってもおとがめなし、目と目で見つめ合っても問題無し、そちらにははずれた耳輪が落ち、こちらにはかんざしが忘れられているような場であれば、髠めもひそかに「ひっひっひ」とこの楽しみに加わりまして15リットル以上も飲んでやっと酔いましょう。
さらに―――
淳于髠はにやにやしながら言った。
「ひっひっひ。
日暮酒闌合尊促坐、男女同席屐寫交錯杯盤狼藉。
日暮れて酒闌わに尊を合して坐を促し、男女席を同じうして屐寫(げきしゃ)交錯、杯盤狼藉す。
夕暮れから酒を飲んでキモチよくなり、さかずきを合わては気に入ったところに座る。男と女が同じ座布団の上に腰を寄せ合って、下駄もくつもまぜこぜ、さかずきもお皿もぐちゃぐちゃになる。
やがて夜が更けてまいります。うっしっし」
王もにやにやしながら身を乗り出して聴いている。
「いい感じになってまいりまして、
堂上燭滅、主人留髠而送客、羅襦襟解微聞薌澤。当此之時、髠心最歓能飲一石。
堂上の燭滅して主人髠を留めて客を送り、羅襦襟解して微かに薌澤(きょうたく)聞す。この時に当たりては、髠が心最も歓び、よく一石を飲まん。
宴会場の燈火も消えかけると、主人は髠をとどめて他の客を帰してしまい、そのあとは、(女たちの)うすものの下着の襟を押し開いて、(むっちりとした女体の)かすかな香をかぐ。この時にこそ、わたくしの心は至上のよろこびを感じ、19リットルぐらいかるがると飲んでしまうのであります。
うっしっし」
王もつられて
「ひっひっひ」
と笑った。
すると、淳于髠は居住まいを正し、声色も改めて申し上げたのである。
「王よ。
故曰酒極則乱、楽極則悲。万事尽然。言不可極、極之而衰。
故に曰く、「酒極まればすなわち乱れ、楽極まればすなわち悲なり」と。万事ことごとく然り。極むべからず、これを極むれば衰うを言うなり。
だから、いにしえより申します。
「酒を飲みきわめれば、すなわち乱に至る。楽しみをきわめれば、すなわち悲しみがやってくる」
と。あらゆることが同様でございます。なにごとも極端まで行ってはいけない。極端まで行けば次は衰えはじめるのだ、ということなのでございまする」
以諷諌焉。
以て諷諌す。
このように喩えごとを引きながら、御諫めしたのだ。
果たして、
斉王曰善。乃罷長夜之飲。
斉王曰く、「善し」と。すなわち長夜の飲を罷む。
斉王はおっしゃった。
「わかった、わかった」
そして、以後、男女同席の徹夜の宴会は、行わないこととした。
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「史記」巻126「滑稽列伝」より。
行わなくなったとは、残念―――と、しまった! 月曜日からこんな長文になってしまった。あわわ、明日早いというのにこんな時間に・・・。