もう金曜日・・・あと二日しか休みが・・・。
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だんだん正月気分も消えてまいりましたので、今日は説教しますよ。
物寖相著、皆可迷人。
物、ようやく相著すれば、みな人を迷わすべし。
どんなモノでも、長く付き合っていると、人を迷わす力を持つようになるのじゃ。
「どんなモノでもですか?」
かーつ!
非但声色安佚飲食之阮轣B
ただ声色・安佚・飲食の閧フみにあらざるなり。
音楽や色情、安楽な生活、飲み食いのことだけではないのだ!
そんなモノは人を迷わすということが明らかだからまだ気づきやすいのじゃ。
・ワインのウンチク
・グルメがなんたらかんたら
・海外旅行
・・・これらがダメなのは当たり前である。
「こんなことが批判されるはずがない」と思うことの中にこそ、相著するもの、おのれを縛る愛の対象があるのである。例えば
・知識欲
・高踏な思想
・瀟洒な生活態度
・・・これらこそ、すべてそれと知られずにあなたを愛縛するモノなのである。
そこで今日はこのコトバを覚えて帰ってください。
浮屠氏不三宿桑下。
浮屠氏(ふとし)、桑下に三宿せず。
「浮屠」(ふと)は「ブッダ」の音訳。「氏」はその教えを学ぶグループをいう。
ブッダ門下のみなさんは、(もちろん野宿であるが)同じ桑の木のもとに野宿するのは二日までで、三泊目はしなかった。
纔境熟、便生留恋、故深以為戒。
わずかに境熟すればすなわち留恋を生ず、故に深く以て戒めと為すなり。
少しでも環境に熟れが出てくればそこが恋しくなってしまうもの。だからブッダはそのことを深くおイマシメになられたのだ。
だいたい
世之人各蔽所愛、交互相笑、殆未可也。
世のひと、おのおの愛するところに蔽われ交互にあい笑いて、ほとんどいまだ可ならざるなり。
世間のみなさんは、自分の愛するモノに心を蔽われてしまい、他人の行動が理解できず、お互いに「あいつはバカだ」と譏り笑いあっており、まずお互いに理解しあえることはない。
みなさん、
各慎所愛而已。
おのおの愛するところを慎むのみ。
自分の愛するモノについて、もう少し控えめになることが必要ですな。
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宋・李季可「松窗百話」より。
以上は李季可先生の御意見です。
控えめが必要、といわれましても、わたくし自身を振り返るに、
・毎日毎日グチをこぼす。
・毎日漢文の本を読む。
・毎日のようにこのHPを更新する。
・その他(野球観戦は毎日ではないからゆるされるのでは・・・)
といったこだわりあるところを棄てろといわれてもなかなか難しいです。そこで代わりに、「桑下に三宿せず」の一所に住せざる自由の境涯を、今年の目標としてまいりたい。