次に目覚めればヒツジ?
今年ももう少しですね。
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今年ももう終わりなので、かっこいいので〆ましょう。
明月幾時有、把酒問青天。 明月幾時有りや、酒を把りて青天に問わん。
不知天上宮闕、今夕是何年。 知らず、天上の宮闕、今夕これ何の年ぞ。
我欲乗風帰去、 我、風に乗りて帰り去らんと欲するも、
惟恐瓊楼玉宇、高処不勝寒。 ただ恐る、瓊楼と玉宇と、高処は寒きに勝(た)えざらん。
起舞弄清影、何似在人間。 起舞して清陰を弄す、人間に在りては何にか似んや。
歌い出しは「酒を把って月に問う、青天月ありてこのかた幾ときぞ」という唐・李白の詩を引いた。
明月が誕生してからどれほどの時間が経過したのか、(李白のように)酒を手にして青空に向かって訊ねてみたい。
天上の宮殿では、今晩いったいどういう時代であるのだろうか、まったくもってわからない。
そこでわたしは風に乗って、そこに行ってしまおうかと思ったのだが、
玉でできた高楼と宮殿があったとて、はるかな空の高いところは寒くてしかたないだろう(から止めた)。
(そこで地上で)立ち上がって踊って、きよらかな光を楽しもう。この俗世において(この光を)何にたとえればよかろうか。
転朱閣、低綺戸、照無眠。 朱閣を転じ、綺戸を低(うかが)い、眠る無きを照らす。
不応有恨、何事長向別時円。 恨み有るべからざるも、何ごとぞ長く別時に向かいてまどかなる。
人有悲歓離合、 人に悲・歓・離・合有り、
月有陰晴円欠、此事古難全。 月に陰・晴・円・欠有りて、このこといにしえより全うし難し。
但願人長久、千里其嬋娟。 ただ願わくば人長久にして、千里それ嬋娟たらんことを。
(月光は地上の)赤く塗られた富貴の家の屋敷をめぐり、飾られた窗をのぞきこみ、(憂いに)眠れぬひとを照らしだす。
―――月光を恨んでもしようがないのだけれど、どうしていつも別れのときにもまんまるでいられるの?
―――人の世に悲しみと歓び、別れと出会いがあるように、
月にはくもりと晴れ、満ちると欠けるとがあって、むかしからうまくいかないことはあるのだよ。
わたしの願いはただ一つ、あなたがずっと、(あなたのいる)千里の先まで照らす美しい月光のように、とわに元気でいてくれること。
宋・蘇東坡「水調歌頭」(水の調べの歌の出だしのところの節で)。
自注があって
丙辰中秋歓飲達旦作此篇、兼懐子由。
丙辰の中秋、歓飲して旦に達しこの篇を作り、兼ねて子由を懐う。
丙辰の年は宋・神宗皇帝の熙寧九年(1076)に当たる。
ひのえたつの年の中秋(八月十五日)楽しい酒宴を朝まで続け、この詞を作った。併せて(この場にいない)弟の蘇子由のことを思った。
のだそうです。
この詞にはもう少し詳しい「曰く」が伝わっております。
・・・当時、唐の李亀年のごとし、と評判の高かった袁綯という歌い手がおりましたのじゃ。
このひとがある時、とある宴席に招ばれていた。彼が後に言うたことには、
―――その夜は、
天宇四垂、一碧無際、如江流傾湧、俄月色如昼。
天宇四もに垂れて一碧にして際無く、江流の傾湧が如きに、にわかに月の色昼の如し。
夜空が四方まで晴れ渡って、一面の碧色がどこまでも広がっておりました。まるで長江がとうとうと流れる姿のようでありましたが、突然のように月が山の端から出て、昼間のように明るくなりましたのじゃ。
そこで、座中の貴人が、客人らしい飄々とした文士に向かって、
「この風情を是非に詞にしてみられよ」
とおっしゃられ、できあがった詞をやつがれに歌うように命じたのでございました。
文士が立ちどころに作ったのがこの詞でございました。
やつがれにもこの詞のすばらしさはわかりました。やつがれは
(このひとは神ではないか)
と思いながら、一層の心をこめて朗々と「水調歌頭」の複雑な調べに乗せて歌いましたのじゃ。
すると文士は
起舞。
起ちて舞えり。
立ち上がって、歌に合わせて踊られた。
歌が終わると、文士はおもむろにやつがれに向かっておっしゃったものじゃ。
此便是神仙矣、吾輩文章人物、誠千載一時、後世安所得乎。
これすなわちこれ神仙なり、吾輩の文章、人物、まことに千載の一時、後世にいずくんぞ得るところぞや。
「こういうのはまったく以て仙人の世界だよね。わたしの文章、ここにいるひとびと、そして月の光。ほんとうに千年に一回しかないものがそろったんだ。未来においてこんなことがあるはずがないだろう」
と。
そのひとが蘇東坡さまであるということ、そのときはじめて知りもうした。
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宋・蔡絛(さいじょう)「鉄囲山叢談」より。
ほんとうかなあ。うそでしょうね。メディアのウソばかりが目につく一年でしたからね。もしほんとうだとしたら、東坡がまだ若いころの、客気のたっぷりあったころのことなのでしょう。
ちなみに、この詞を読んだ神宗皇帝は、
瓊楼玉宇、高処不勝寒。
瓊楼と玉宇と、高き処は寒きに勝(た)えざらん。
玉でできた高楼と宮殿があったとて、はるかな空の高いところは寒くてしかたないだろう。
のところまで至って、
乃歎曰、蘇軾終是愛君。
すなわち歎じて曰く、「蘇軾、ついにこれ君を愛するなり」と。
そこで、「ああ」と嘆息しておっしゃられた。
「蘇軾(東坡)は、やはり君主のことを大切に思っていてくれたのじゃなあ」
すぐにみことのりして、東坡の遠流を一段赦し汝州まで戻してやった。
というエピソードもございます。(元・楊G「古今詞話」より)
今夜もシンシンと冷え込んで来ました。高いところはもっと寒いのでしょうねえ。みなさんおからだにお気をつけて、そしてよいお年をお迎えください。