平成26年11月19日(水)  目次へ  前回に戻る

←緊張しているようにみえる・・・が。

やっと週の半ばを過ぎました。週末まで緊張感を保つことができるか。

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朱雀帝はその御性格が柔仁(物柔らかでお優しい)であられた。

このことにより、関白・藤原忠平、諌めて奏するに、

外議以為時政過寛。

外議以て時政寛に過ぐと為せり。

「世の中には、今の御政道はゆるやか過ぎる、と申す者もございます」

すると、帝曰く、

朕聞之先帝、君家先関白有言。政如張琴。大絃急則小絃絶。朕若厳急、下民何堪。

朕これを先帝に聞く、君が家の先関白に言有り、「政は琴を張るが如し。大絃急なれば小絃絶す」と。朕もし厳急ならば、下民何ぞ堪えんや。

朕は先帝(醍醐天皇)にお聞きしたことがある。あなたの家の亡くなった関白(藤原基経公)がこんなことをおっしゃっていた、と。

すなわち、

「まつりごとというのは、琴の絃を張るようなものでございます。一番太い絃をぎりぎりにきつく張って掻き鳴らすと、細い絃はその衝撃で切れてしまうもの」

朕がもし厳格に過ぎるようであれば、細い絃である人民たちは対応できなくなってしまう、と思わないか。

わかりやすくていい漢文でちゅねー。お言葉の中身もありがたい。

ところが、この朱雀帝のお優しい統治のうちに、承平の純友、天慶の将門の兵乱が起こったのである。

このことに感じて、外史家歌いて曰く、

大絃急、小絃絶。  「大絃急なれば小絃絶ゆ」

君王馭下自有訣。  君王の下を馭す、おのずから訣有り。

誰知張弛不自由、  誰か知らん、張弛自らに由らざれば、

小絃大絃皆失節、  小絃、大絃、みな節を失い、

琴身一角敝欲裂。  琴身の一角、敝(やぶ)れて裂けんと欲す、とは。

 (朱雀帝がおおせられた、)「太い絃をきつく張って掻き鳴らすと、細い絃は切れてしまうもの」と。

 帝王がしもじもをお取扱いになるには、そのためのやり方があるものなのだ。

 ところが、誰が想像したであろうか、きつく張ったり弛めたり、が(藤原氏の権勢により)帝王自らの手によってなされなくなると、

 細い絃も太い絃もすべてあるべき音を出せなくなり、

 ついに琴の本体の一部分が破れて分裂してしまいそうになってしまう、などと。

うーむ、藤原氏はワルいやつらでちゅなあ。

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山陽外史・頼襄「日本政記」及び「日本楽府」より。

とにかくゆるめていただかないとおいらのような下民はツラい。しかしゆるめてもらうとどんどん弛んで、あまり緊張感無くなってしまうのである。おいらたちを治めるのは難しいところだ。

 

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