←星落つ、秋風五丈原(の方)に。本当に重大なことは、それと知られずに起こっているという。もしかしたらこの平和な日々の裏側で・・・。
さて。
「うわー、来るよ、来るよ、月曜日がもうすぐ来るよー!」
と騒いでいたら、大いなるひとに
「ばかもん!」
と叱られました。
「そんなものが来るはずないじゃろう。そんなことを言っていると、オオカミ少年みたいに誰にも相手にされなくなるぞ」
とそのひとは言うのです。
「ほ、ほんとに月曜日は来ないんでちゅか・・・?」
「わはは、当たり前じゃ」
なんという大きなニンゲンでありましょうか、月曜日が近づく恐怖の中でこんなに落ち着いていられるとは・・・。
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大きなニンゲンといえば、漢の武帝に仕えた東方朔(とうぼう・さく)を思い出します。スケールの大きなオトコであった。同じころおいらも漢の宮廷にいたのでちた。懐かしいなあ、もう二千百年以上も前のことになるんだなあ。
東方朔さんが自分で語ったところによりますと、
―――わしの字は曼倩(まんせい)と申しまして、おやじは張夷、字を少平というた。おふくろは田氏の女で、おやじがおふくろと結婚したときは、
年二百歳、顔如童子。
年二百歳、顔は童子の如し。
年齢は二百歳でしたが、顔はまるで童子のようであったということじゃ。
わしが生まれて三日目におふくろは死んでしまったのじゃが、くそおやじは生まれたばかりのわしを放り出して行方不明になってしまった。わしはぴいぴい泣いていたところ、
隣母拾而養之。
隣の母、拾いてこれを養えり。
隣のばばあが拾って、養ってくれたのじゃった。
三歳のころには、いつも
指ヒ天下、空中独語。
天下を指ヒ(しき)して空中に独語す。
天の下を指でさし、空中に向かってひとりごとを言うようになった。
らしい。
もう少し大きくなって、ある日、わしが外をほっつき歩いていて家に帰ると、養ってくれていた隣のばばあは
忽見大驚、曰爾行経年一帰、何以慰我耶。
たちまち見て、大いに驚き、曰く、「なんじ、行きて年を経て一帰す、何を以て我を慰めんや」と。
わしの顏を見て突然おおいにびっくりしおって、
「おまえは、一年もいったいどこへ行っておったんじゃ? ほんとうに心配していたのじゃぞ」
と言いやがったのじゃ。
「はあ?」
とわしは答えた。
児至紫泥海、有紫水汚衣、仍過虞淵、湔浣。朝発中返、何云経年乎。
児は紫泥海に至るに紫水の衣を汚す有り、よりて虞淵を過ぎて、湔浣す。朝発して中返す、何ぞ経年と云わんや。
「おいらは紫泥海というところに行ったところ、紫の水がおいらの服にひっかかって汚れたので、虞淵というところに行って洗っていただけでちゅよ。朝に出かけて昼に帰ってきたところなのに、なんで一年も経ったなどというのでちゅか?」
それを聞いてばばあは「う〜ん」と考えこむ風情。
そしてわしに、優しげな声で訊きおった。
汝悉是何処行。
汝、これ何れの処に行けるかを悉くせよ。
「おまえは、どこに行っていたのか、詳しく全部言ってごらん」
「おっけー、教えてあげまちゅよ」
とわしは言いまして、説明したのじゃ。
―――おいらは服を洗い終わったあと、しばらく休憩しておりまちゅと、東方世界を支配する東王公さまが通りかかり、
「ぼうず、ちょっと疲れたようじゃな。これは疲れのとれる飲み物じゃ。飲んでみるがよい」
王公飴之以丹霞漿。
王公これに飴するに丹霞漿を以てす。
東王公さまはおいらに「丹霞漿」(赤いかすみのジュース)をくださいまちた。
これを飲んだところ・・・
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後漢・郭憲「洞冥記」巻一より。
明日がもしかしたら月曜日で出勤しないといけない日だったりするとマズイのでもう寝ます。まさか月曜日は来ないと思いますが、念のためです。なので続きはまた明日。