日曜日でした。明日はまた月曜日。コドモなのに出勤か・・・、あ、いや、つけひげ、つけひげ・・・うおっほん。
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これはほかならぬわたくし(←肝稗にあらず清・紀暁嵐先生なり)の甥っ子の紀貽孫(いそん)が体験したことである。
・・・以前、わたしが陝西の潼関に近いとある宿場に泊まったときのことです。―――その夜は秋の満月の宵、さえざえと晴れわたり、窓の障子紙いっぱいに月の光が映ってたいへん幻想的でありました。
わたしは深更まで、その障子紙ごしの月光に見とれていたのです。
―――と、
見両人影在窗上。
両人の影、窗上に在るを見る。
窗に二人のひとの影が射しこんだのが目にはいった。
「こんな夜中に・・・盗人かも?」
と身構えると、その影は、
腰肢繊弱、鬟髻宛然、似一女子将一婢。
腰肢繊弱にして鬟髻(かん・きつ)宛然と、一女子の一婢を将(ひき)いるに似たり。
腰や手足の線が細く、弱弱しく、髪のワゲやもとどりがはっきりと映り、どうやら若い令嬢が女童を連れて散歩しているような様子である。
「どんな女性だろうか・・・というか、なぜこんな時間に?」
窗に貼られた紙にそっと穴をあけて外を覗くと、影を映しているはずの本体が見えない。
「なるほど。これはよく叔父さんが話してくれる類のやつらか・・・」
知為妖魅。
妖魅たるを知れり。
あやかしの精霊である、と知れた。
そこでそっと刀を手もとに取り寄せ、二人の影が窗の正面まで来たちょうどそのとき、
「えい!」
とばかりに
隔櫺斫之。
櫺(れんじ)を隔ててこれを斫る。
窓枠の向こう側の、影の本体があるべきあたりを斬った。
すると、
「ひゅう!」
有黒煙両道、声如鳴鏑、越屋脊而去。
黒煙両道、声の鳴鏑の如きもの有りて、屋脊を越えて去れり。
黒い煙が二本立ち、鏑矢の音のような声が聞こえて、屋根の棟を越えて飛んで行った。
「あー、やっぱり変なやつだったんだな。叔父さんの話だとこういうのは次の日が危ないんだよな・・・」
そこで、
戒僕借鳥銃以俟。
僕を戒めて鳥銃を借りて以て俟たしむ。
下男に命じて火縄銃を二挺借りて来させて、夜中、二人でじっと待った。
―――夜半。
果復見影。乃二虎対蹲。
果たしてまた影を見る。すなわち二虎の対蹲せり。
やはり、また窗に影が映った。今度は二頭のトラで、相対してうずくまっているようである。
「よし、いまだ!」
どかーん!!!
与僕発銃併撃、応声而滅。
僕と銃を発して併撃するに、声に応じて滅したり。
下男と同時に銃を発射したところ、その音と同時に影は消えてしまった。
「また消えたか。・・・まあ、これで妖魔もしばらくは出てこまい」
そのとおり、
自是不復至。
これよりまた至らず。
その後、妖魔は二度と出てこなくなったそうである。
ただ、宿場中のひとの眠りを覚ましてしまったのは申し訳ないことであった。
―――だいたいこういうふらふらしている精霊は、もともと本体があるわけでもなく、日の光を当てたり雷が落ちたりすると
消散不能聚矣。
消散して聚まるあたわざるなり。
ばらばらに散ってしまって、二度と集合して形を現わすことができなくなるものなのである。
そこで火縄銃を使ったとは、我が甥っ子ながらよく考えたものである。
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清・紀暁嵐「閲微草堂筆記」巻八(「如是我聞」二)より。あいかわらず紀暁嵐先生のお話はよくデキている。
月曜日も猟銃ぶっ放せば霧散してくれるようなやつならいいのに・・・。ダメなら自分を・・・? 鬱鬱鬱鬱。鬱鬱鬱。鬱