平日一日終わった。あと四日・・・も生き延びられるか・・・。
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今宵は、鸞鳥(らんちょう)のことをお話いたしましょう。
後漢・許慎の編んだ字書「説文解字」にいうところでは、
鸞、赤神霊之精也、赤色五采、雞形、鳴中五音。
鸞は赤神霊の精なり、赤色五采、雞の形、鳴けば五音に中す。
鸞鳥(らんちょう)という鳥は、赤い神霊の精であり、体色は赤に(白、黒、青、黄を合せて)五彩を交え、形はニワトリに似るが、その鳴き声はきれいに宮・商・角・徴・羽の五音を奏でる。
という。
周の成王のとき、北方の氐羌族が献上してきたことがあるそうです。
あるいは鳳凰の一種ともいうが、いずれにしろ滅多に見ない珍しい鳥である。
さて―――
罽賓國(けいひん・こく)というのは漢代に、陽関を西に去ること8,555里の彼方にあったという西域の国で、この国は唐代には「迦湿彌羅」(かしつみら)と呼ばれ、北印度の境にあって四方を山に囲まれていた、というから、現代の「カシミール」の古名であると推測されている。
罽賓國王買得一鸞、欲其鳴。
罽賓國王、一鸞を買い得て、その鳴かんことを欲す。
カシミールの王さまが一羽の鸞鳥を買い取り、その鳴き声を聴こうとした。
ところがこの鸞、
不可致。
致すべからず。
鳴かせることができなかった。
殺してしまうか、鳴かせてみるか、じっと待つか、いろいろありますが、王さまは鸞鳥を元気づけようとして、
飾金繁、饗珍羞、対之愈戚、三年不鳴。
金繁を飾り珍羞を饗するも、これに対していよいよ戚として、三年鳴かず。
黄金の飾りをつけたり、珍しい食べ物を食べさせたりしてみたが、それでも黙りこくったままで、三年経っても鳴かなかった。
これを聞きつけたお妃さま、眼を丸くしまして、
「え? あなた、そんなことも御存知ないの?」
と言うて王さまに教えましたことには、
嘗聞鸞見類則鳴。
かつて聞けり、鸞は類を見ればすなわち鳴く、と。
「以前聞いたことがありますわ、鸞鳥は仲間を見かければすぐに鳴くものだ、と」
「しかしお前、この一羽さえ苦労して手に入れたのだ、もう一羽手に入れるのは困難で・・・」
「あなた、本気でおっしゃってるの?
何不懸鏡照之。
何ぞ鏡を懸けてこれを照らさざる。
どうしてこちら側に鏡を懸けて、こいつ自身を映してあげないのかしらねえ・・・?」
「なーるほど」
そこで王さま、その言葉に従って、鸞鳥の前に一枚の鏡を懸けてやった。
すると、
鸞覩影、悲鳴冲霄。
鸞、影を覩(み)て、冲霄(ちゅうしょう)に悲鳴せり。
鸞鳥は自分の姿を見て、仲間に会えたと思ったのであろう、はるか天上まで聞こえるほどの悲しげな声で鳴いた。
ああ、その声の哀なるかな。
王宮内の王さまも臣下もお妃さまも侍女たちも、さらには王城を守る兵士たちも市場に行き交うていた人民たちも、その声を聞いてしばらくは何も手につかなくなり、空を仰いで嘆息したほどであった。
「ふう・・・」
王さま、ようやく鸞鳥に視線を戻すと、鸞鳥は
一奮而絶。
一奮して絶す。
その一声だけを絞り出して、もう死んでいた。
そうでございまする。
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南朝宋・劉敬叔「異苑」巻三より。
わたしどももほんとうの自分の仲間に会えたら、地上の孤独が癒されて、感極まってこういうふうにポックリしてしまうのでしょう。しかしそういうひとに会わないでいるので、今日もわたしは生きのびて、まだ地上をうろついているわけだ。