今日から約二年振りで血圧の薬を飲むことになりました。沖縄に行く前には血圧も落ち着いていたのに、沖縄から帰ってきてわずか一年足らずでこんなに不健康に。コドモなのに。ぼやきたくもなりまちゅよ。
ぼやいてばかりいるなよ・・・と言いたい人もおられるかも知れませんが、唐・杜牧の有名な「江南の春」の詩に、南京を詠うて、
南朝四百八十寺、多少の楼台煙雨の中。
(ここには)南朝時代以来の四百八十の寺があり、たくさんの寺塔が霧雨の中に見えている。
という句があります。
古来名高い美しい詩句でありますが、これを読んでさえ、ぼやいている人もいるのでございまちゅ。
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帝王所都、而四百八十寺、当時已為多、而詩人侈其楼閣台殿焉。
帝王の都する所にして四百八十寺、当時すでに多しと為し、而して詩人、その楼閣台殿を侈(おお)しとす。
かつて南朝時代の帝都だった南京の地に480の寺があった、というのが、九世紀・唐の後半の杜牧の時代には「多かった」と考えられており、杜牧自身も塔や本殿の数が多い、と言っていたわけである。
ところが、
近世二浙福建諸州、寺院至千区、福州千八百区。
近世の二浙・福建の諸州、寺院千区に至り、福州は千八百区なり。
最近(宋の時代)では、浙東・浙西や福建の各県ではお寺が1,000もあるというのだ。とくに福建の福州では1,800もある。
まさに稲や桑かと思うぐらい、お寺の瓦と土塀が連なっている、というような状況なのだ。
そしてそこにいるのは、
遊惰之民、竄籍其間者十九。非為落髪修行也、避差役為私計耳。
遊惰の民の、その間に籍を竄する者、十に九。落髪して修行を為すにあらず、差役を避けて私計を為すなり。
しごともしていない遊び人どもが、お寺に籍を置いて暮らしている、というのが十分の九ぐらいなのである。彼らは髪を剃って修行をしているのではなく、税金や徴発を避けるて自分の利益を謀ろうとして、無税のお寺に住んでいるのだ。
このため、どこの寺院も
居積貨財、貪毒酒色、闘殴争訟、公然為之。
貨財を居積し、酒色を貪毒し、闘殴、争訟も公然とこれを為す。
財物を積み上げ、酒と女を追求し、殴り合いお互いを訴えあう、といったことを公然と行っているのである。
なんと嘆かわしいことではないか。
しかも、
其弊未有過而問者。
その弊、いまだ過ぎりて問う者あらず。
こんな害悪を振り撒いているのに、その様子を見て、「どうなっているのか」と問い糺す中央のエラいひとが一人もいないというのだ。
どういうこっちゃ。
けしからん。
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と、宋・張表臣の「珊瑚鉤詩話」巻二より。むかしの人は詩を読みながらも、いろいろぼやいていたものなのである。「ぼやき」と「社会批判」とはほとんど紙一重、あるいは同じことの表と裏、なのではありましょうけれでも。
ちなみに「ぼやく」は「つぶやく」の省略形。いかにも江戸っ子らしい省略の仕方ですが、式亭三馬「浮世床」にいう、
肝玉の小さい癖、何で腹があらうぞい、悪態ばかり、ぼいぼいぼやきくさって。
(やつは)肝っ魂の小さい性格である、どうしてガマンして腹にたくわえるいったことができようか。悪態ばかりぼいぼいぼやきやがって。
と。おそらく「ぼいぼい」が「ぶつぶつ」であろう。