また寒くなっております。しかも腹減った。ガチョウでも食うか。
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南唐国の保大十三年、といえば中原では五代・後周の顕徳二年(955)、後の宋による統一の基礎を築いたといわれる後周の英主・世宗(←五代の混乱を我が国の戦国時代に当てはめると、ノブナガ・ヒデヨシ・イエヤスのノブナガに当たるひとです)の時代になりますが、この年、江蘇・海陵郡西村にて、
有二鵝闘於空中。
二鵝の空中に闘う有り。
二羽のガチョウが空で闘い合っているのが目撃された。
この二羽、組み合い、突っつき合い、羽で叩き合って闘っていたが、そのうちの一羽が
久乃堕地。
久しくしてすなわち地に堕つ。
ずいぶんしてから、とうとう地上に落ちてきた。
落ちてきたのを見ると、
其大可五六尺、双足如驢蹄。
その大いさ五六尺ばかり、双足は驢蹄の如し。
体長は1.5〜2メートルほどもあり、二本の足はロバの脚のように太かった。
地上に落ちてきたときにはもうだいぶん傷ついて弱っていたが、それでも
がーがー
と怒鳴るように鳴いてうるさいのであった。
村人殺之。
村人、これを殺す。
村人たちは寄ってたかってこれを殺した。
そして、羽をむしって皮を剥いで食べた。
「こんなにでかいのだからこれは神物である。食わない方がいいだろう」
と言って食わなかった者もいたが、わたしは食いたいです。
ところが、数日ならずして
食之者皆卒。
これを食らう者、みな卒す。
このガチョウを食べた者は、みな急に死んでしまったのであった。
食べなかった者たちはとりあえず生き延びたが、
明年、兵陥海陵。
明年、兵、海陵を陥とせり。
翌年、海陵一帯は軍隊に蹂躙された。
生き延びた者もこのときほとんど殺し尽くされてしまったのだった。
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やっぱり食っておけばよかった。・・・という気がします。五代・徐鉉「稽神録」より(この話、5年ぐらい前にも一度ご紹介したようなかすかな記憶がありますが)。
今宵はひな祭りですね。世田谷の磯野家や静岡のちびまるこの家では、あたたかなともしびの下、おひなさまの前で一家が団欒したりしているのであろうか。フライドチキンでも食ってるのであろうか。わたしはカロリーを控えているので、腹が減ってしかたありません。