うっしっし。
先週から木に変化(へんげ)しまして、庭の隅っこでじっとしておりました肝冷斎でございます。誰もこんなところに隠れているとは思いもしませんでしたでしょう。
もう植物としての心しかないわたくしでございますが、休日で、かつ翌日も休日であるときには、ニンゲンの意識を取り戻すので、みなさんに語りかけることもできるのでございます。
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北宋の時代、厳格・公正な政治によって名宰相と称された文正公・李という人がおりました。
このひとが初めて参知政事(宰相)に任じられたとき、以前同僚であった胡旦という人がやってきて、
以啓賀之。
以てこれを啓賀す。
お祝いの言葉を申し述べた。
李が厳しい表情のままで聴いていると、胡旦は引き続き、
歴詆前居職罷去者。
前に職に居りて罷去せし者を歴詆す。
李より前にこの職に就いて、その後職を辞めさせられた人たちを次々と謗りはじめた。
曰く、
呂参政は本来参政に就任するような功績が無かったが、案の定、すぐに左丞に異動させられた。
郭参政は酒の上での失敗が心配されたが、やはり故あって、少監に貶された。
辛参政はもともと才能無く、自ら自覚して病気を理由に辞め、今はただの尚書である。
陳参政は早とちりな人で、新任のときにお上の考えを誤解してしまい、あっという間に辞職して帰郷した。
「みなさま、参政の職にどうして就いたのか、当時いろいろ議論されました。しかるに、李さまは―――」
と、
誉文正甚力。
文正を誉むるに甚だ力(つと)む。
目の前の文正公・李について大いにほめたたえたのである。
一通り話が終わると、李は相変わらず難しい顏をしたままで口を開いた。
「わたくしの職務について、何をすれば失敗したと言われるのか、さまざまにお教えいただきまことに感謝申し上げる。
しかし、
吾豈真有優於是者、亦遭遇過耳。
吾、あに真に是の者らより優れること有らんや、また過ちに遭遇せんのみ。
わしがその方々より実質的に優れているということがあろうか。わしもいずれはその方々と同様の過ちをいたすことになりましょう」
「なにをおっしゃいますか、文正どの・・・」
「黙られい! ・・・それよりも、じゃ」
李は一段と厳しい顔つきになって、居住まいを正して言うた。
乗人之後而譏其非、吾所不為、況欲揚一己而短四人。
人の後に乗じてその非を譏(そし)るは、吾が為さざるところ、況(いわん)や、一己を揚げんとして四人を短(そし)るをや。
「その人がいなくなった後でその人の欠点を謗るようなことは、わしは絶対にせぬ。しかも、わし一人を誉めようとして四人もの人を悪くいうとは、どういうことか!」
李は胡旦を追い出してしまった。
終為相、旦不復用。
相たるを終うるまで、旦はまた用いられず。
李が宰相でいる間は、胡旦はずっと閑職のままであった。
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せっかく誉めてあげたのにねー。今後、「一人を揚げんとして四人を短る」とゴマを磨り過ぎて磨っているのがわかってしまうようです。三人ぐらいにしておきましょう。
よくよく考えてみると、胡旦ちゃんが怒られたのは、李ちゃんのようなコワい人と付き合うからですよ。どんなに立派でも相手はニンゲン。おいらたち樹木のように「怒ることなどない」ところにはまだまだ達していないのですからね。