本日も「現実感」溢れるお話をいたします。
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本日も後漢の大学者・鄭玄、字・康成のお話でございます。
昨日のような次第で鄭玄はめきめき学問が上達した。師匠の馬融は嘆息して曰く、
詩書礼楽皆已東矣。
詩書礼楽、みなすでに東せり。
「詩経の学、書経の学、周礼・儀礼・礼記の学、音楽に関する学、要するに先秦以来の儒者の伝統の学問は、いずれ、すべて鄭玄とともに彼の出身地である東の方・洛陽に移ってしまうだろう」
と。
やがてその感嘆は嫉妬に変わった。
ついにひそかに鄭玄を殺そうと謀るようになったのである。
鄭玄、このことを察知して逃亡する。
馬融、
「逃がしはせぬ」
と
推式以算玄、玄当在土木之間。躬騎馬襲之。
式を推して以て玄を算するに、玄まさに土木の間に在るべし、と。躬(みず)から騎馬してこれを襲う。
数式を推算して鄭玄の行く先を予測するに、「玄は土と木の間にいる」という答えを得た。
そして、自ら馬を駆って鄭玄の後を追ったのである。
鄭玄は雲と風の動きから師匠が馬に乗って近づいてくるのを覚り、
入一橋下、俯伏柱上。
一橋の下に入り、柱上に俯伏す。
とある橋の下に入り込み、橋桁の柱の上にうつむき伏して身を隠した。
果たしてその直後に馬融は橋上に至り、そこで馬を停めた。
「はて。わしの計算ではこのあたりで鄭玄めに追いつくはずであるが、
土木之間、此則当矣。有水非也。
土木の間とはこれすなわち当たれり。水有るは非なり。
土と木の間、というのであれば、道路と橋の間にいると考えられるのだが、計算式の中に水は無かった」
と首をひねった。
鄭玄が木の橋桁と土を盛った橋面の間に隠れているとは気づかなかったのである。
「どれ、もう少し細かい計算をしてみるか」
と馬を降り、手元の算木を橋面に置いて計算を始めた・・・・・・・。
・・・・・・やがてほかの弟子たちが追いついてきたころに、ほぼ計算は終わった。
「先生、鄭玄めは何処に逃れたのでしょうか?」
と首をひねる弟子たちに向かって、馬融はにこやかに、
「わははは、この計算を見てみよ・・・、というてもお前たちにはわかるまい。わしと同じ計算が出来るとしたらこの世に鄭玄ぐらいのもの・・・。よいか、よくよく計算してみたところ、
玄在土下水上而據木。
玄は土の下、水の上にして木に據(よ)れり。
鄭玄は、土の下、水の上にいて、木に寄りかかっている。
と出た。ということは・・・」
「はあ?」
「へえ?」
「ほえ?」
と弟子たちが首をかしげると、馬融、また「わははは」と大笑い、
「土の下に埋められ、その下には地下水が流れ、しかも木の中にいる、というのは、木の棺におさめられてじめじめした墓場に埋められた、ということじゃ。
此必死矣。
これ必ず死せり。
ということで、やつはもう死んでいること疑い無い。
引き上げるぞ」
「はあ・・・」
馬融とその弟子たちが引き上げたところで、鄭玄は橋桁の上から出てきた。
「さすがはお師匠じゃ。計算式は見事なもの。しかし最後に生命数がまだ余っていたのにはお気づきになられなかったか・・・」
と呟きながら、東の方・洛陽の郷里に向かったのであった。
というわけで、
玄竟以免。
玄はついに以て免る。
鄭玄はこうして命拾いをしたのであった。
ということである。
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昨日に引き続き南朝宋・劉敬叔「異苑」巻九より。ああ、現実感あるなあ。