お東京での初日。はやくもつらいことばかり。沖縄でもムリだったニンゲンは東京でどうやってもムリ。はやくもどうやって消えるかの検討に入っている次第。
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清のころ、言可樵というひとがいて、福建で警察署長のようなしごとをしていたのだが、このひとが病気で床に就いたときのこと。
ある朝とつぜん
「なんだ、そういうことか!」
と叫んだ。
そして家人たちを呼び寄せ、笑いながら、
自書一聯。
自ら一聯を書す。
自分で(葬儀の際に掲げるべき)対聯を書いた。
曰く、
始笑生前徒自苦耳。 始めて笑う、生前はいたずらに自ら苦しむのみなるを。
既知去処亦復陶然。 既に知る、去処もまた、また陶然たるを。
やっと笑うことができるようになったぞ。生きている間はムダなことに自分で勝手に苦しんでいただけだったんだなあ。
今ではわかっているのだ。これから行くところもまた、うっとりするようなところであることを。
それから
「いっひっひっひー」
と笑って家人らを見回し、卒然として逝った。
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と、こんな感じで消えゆくことができれば・・・。
清・陳其元「庸闕ヨ筆記」巻二(←久しぶり)より。