北宋の真宗皇帝のときのこと。
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曹克明は
宜・融・桂・昭・柳・象・邕・欽・廉・白十州都巡検使兼安撫使
に任ぜられました。名前はいかめしいのですが、ほとんど部下も無しに「南方の蛮族たちの土地に行って、彼らを手なずけてこい」という仕事です。
つらいしごとですわ。わたしなら命じられただけでビョウキになってしまいそうなしごとですが、克明はもとより功名の企図あるひとでしたからウツにならずに南方に向かった。
ある土地まで来ましたところ、蛮族どもの主だった者たちが席を設けて新しい安撫使さまを待ちうけていた。
克明、馬を降りて蛮族たちの席に連なる。
そして、
蛮酋来献薬一器。
蛮酋、来たりて薬一器を献ず。
大酋長がわざわざクスリの入った容器をささげ持ってきたのである。
大酋長曰く、
「うっほっほ、
此薬凡中箭者傅之、創立癒。
この薬、およそ箭(や)にあたるものこれを傅(ふ)すれば、創(きず)たちどころに癒えん。
このクスリは、矢に当たってケガした者の傷口に塗りますと、たちどころに治ってしまうクスリでございますだぞ」
「傅」(ふ)は「付」と同じです。
「これを安撫使さまにたてまつりますだ」
と言うのである。
「ほう。しかし・・・」
克明は冷ややかに言うた、
「このクスリは本当に矢傷に効くのか? 蛮族どのは平気でうそをつくと聞きまするぞ」
「め、めっそうもござりませぬ」
大酋長はぶるぶると顏を横に振って指摘を否定した。
「ふーん。では、
何以験之。
何を以てこれを験(ため)さん。
「どうやって証明していただこうかなあ・・・」
「あわわ、そうじゃ、
請試鷄犬。
請う、鷄・犬に試みん。
イヌとかニワトリで試してみるのがよかとばい」
克明、ぎろぎろと大酋長を睨み据え、
当試以人。
まさに試みるに人を以てせん。
「よし、ニンゲンで試してみようではないか」
「え?」
克明は大酋長が背中の箙(えびら)に挿していた矢を無理やり引き抜くと、
取箭刺酋股。
箭を取りて酋の股を刺せり。
矢の先で大酋長のふとももを「ぶちゅ」と刺した。
「うひゃあ」
そして、間髪も入れずに、
傅以薬。
傅するに薬を以てす。
その傷口に大酋長が持ってきたクスリを塗り込んだのであった。
「や、やめてくだくだくだくだ・・・・・・」
突然がたがたと震えはじめ、顏をこわばらせたと思うや、
酋立死。
酋、たちどころに死せり。
大酋長はあっという間に死んでしまった。
猛毒だったのである。
「ああ、やっぱり蛮族どのはうそつきだったようじゃのう」
克明がほかの酋長たちをにらみつけると、
群蛮、慚懼而去。
群蛮、慚(は)じ懼れて去る。
ほかの酋長どもは気が弱くなったか、恐れ入ったふうでちりぢりに逃げていってしまった。
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うひゃあ、文明人はコワいですね。いきなり「ぶちゅ」か。明・馮夢龍「智嚢全集」巻七より。
それにしても、わしらにも曹克明さまのようなこんな強い心があればなあ・・・。そうだったら、やつらに見つかるのを避けてこんな暗い地下に隠れ棲まなくてもよかったかもしれないのに・・・。