平成25年4月18日(木)  目次へ  前回に戻る

 

テロや事故がコワい。その上、明日からまたおえらがたに同行。土曜の夜までしごと。こんな社会からはもうおさらばでございますよ・・・。

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漢の武帝のころのこと、と申しますから、紀元前二世紀の後半ということになりますが、長沙のあたりで水揚げを終え、網を片付けていた漁師、

「これこれ」

と声をかけられて振り向いた。

有一田父牽赤牛。

一田父の赤牛を牽く有り。

そこには、赤い大きな牛を連れた百姓おやじが立っておった。

おやじ言う、

寄渡江。

寄せて渡江せん。

「長江を渡して欲しいのじゃが」

漁師はウシを見、それからおやじを見、それから畳みかけた網に視線を落として、ぶっきらぼうに答えた。

船小、豈勝得牛。

船小なり、あに牛に勝り得んや。

「おれの舟は小さい。どうやったって、そのウシより大きくなれるはずがなかろう。

ほかのもとでかい船を持っているやつに頼むんだな」

ところが、おやじは勝手にウシを牽いて船に歩み寄り、

但相容、不重君船。于是人牛倶上。

「ただ相容れん、君が船に重からず」と、ここにおいて人牛ともに上る。

「入るはずじゃよ、おまえさんの船に乗れないような重さは無いんじゃよ」

と言いながら、すいすいと自分とウシとを船に乗せてしまった。

入りようも無いぐらい大きいと思っていたウシが、すっぽりと船に乗ってしまったのである。不思議には思いながらも、

「乗れちまったのなら、しようがありますめえ」

と、根が気によい漁師は自分も船べりに乗り込むと、竿をさして船を出した。

ぎいこ、ぎいこ、ぎいこ・・・。

及半江、牛糞于船。

半江に及ぶに、牛、船に糞す。

江の半ばまで来たあたりで、ウシは突然船の中に糞をしやがった。

「あ、おいおい、糞してるぜ」

と漁師が声を荒らげると、百姓おやじは

以此相贈。

ここを以て相贈らん。

「遠慮は要らん、お礼じゃ」

「おいおい・・・」

船が向こう岸に着いたところで、漁師は悪態をついた、

「おやじさん、ひでえじゃねえか。一言の詫びも無しかい。これでもおれの大事な船、ひとさまの食い物を捕って運んでるんだぜ」

おやじは漁師を見つめ、それから

にやり

と笑った。

ウシも漁師を見つめ、

もー

嘲笑うように鳴いた。

そして人とウシは船を降りた。

「けっ、フンだり蹴ったりかよ」

以橈撥糞、棄水、欲尽。

橈を以て糞を撥し水に棄て、尽きんと欲す。

竿で糞を掃い、船上から水に棄てた。あと少し・・・。

そこで漁師は

「あ!」

と声を上げた。

方覚是金。

まさにこれ金なるを覚れり。

糞と見えていたものは黄金の塊りだったことに気づいたのだ!

「おれは黄金を水に棄てていたのか!」

それでも漁師が新しい大きな船を買うぐらいの黄金が残されていた、ということだ。

・・・と、それよりもさっきの百姓おやじとウシ、一体なにものなのか?

漁師はもうずいぶん先に行ってしまったおやじとウシのあとを追った。

不思議なことにこちらが急いでみても差は縮まらないし、こちらがゆっくり歩いても差は広がらないのである。

ずいぶん歩いて、山の中に入り込んだ。

やがて、おやじとウシは、岩の手前で立ち止まった。

そして漁師の方を振り向き、それぞれ

にやり

もー

と笑うと、そのまま

入嶺。

嶺に入る。

岩の中に、すうっ、と入り込んで行ってしまったのである。

「おいおい、あんたらいったいナニモノなんだよー」

漁師は岩の前まで走り寄り、彼らが入り込んで行ったところを石で叩いてみた。

だが、ただ岩にかすり傷をつけるだけである。

何度目かに手にした石が割れてしまい、漁師はしばらく茫然と立ち尽くすばかり・・・・。

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このおやじ、いや、ウシの方でもいいや、のようにもうそろそろ社会からおさらばだ。

ちなみにこの岩のところを金牛岡と申しまして、現在(唐代ですが)もまだそのときつけられた傷を見ることができる、のだそうでございます。

唐・闕名氏「湘中記」より。(「太平廣記」巻四百三十四所収

 

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