平成24年11月14日(水)  目次へ  前回に戻る

 

不思議なもの。

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忘れもしない、天順七年(1463)九月十六日である。

わたしが官に赴任するため、出迎えの下級役人とともに江南に向かっていたときだ。汝州の手前で、

見一物於中天。

一物を中天に見る。

空の彼方に変なモノが見えた。

それは、

淡白垂長数丈。

淡白にして垂れ、長さ数丈なり。

白っぽい長細いものが、空にぶらさがっているかのようにぶらりと垂れていたのである。長さは数メートルであろうか。

その先っぽが少し曲がって、「し」の字のようになっていた。

少頃不見。

少頃にして見えず。

しばらくしたら見えなくなった。

――なんだ、あれは?

と首をひねっていたら、

忽又垂出。

たちまちまた垂出せり。

突然また、空中からぶらさがるように出現したのであった。

今度はひらひらと動き、さっきよりも長く垂れ下がり、

如数百丈線。

数百丈の線の如し。

数百メートルもある細い糸のように見えた。

ついに

「あれはなんだ?」

と声を出して指さしてみたが、同行の下吏は驚きもせずに

此龍也。

これ、龍なり。

「あれは龍でしょ」

と答えて、特に不思議がるふうでもなかった。

しばらくしたら見えなくなった。

・・・・・十月二日。

南陽からケ州に向かう途中だ。

朝から降っていた小雨があがった。

このとき、

忽見西南有黒物在薄雲間。

忽ち見る、西南に黒物の薄雲の間に有るを。

突然、西南の方向に黒いモノが薄雲の間にあるのが見えた。

――な、なんだ、あれは?

これはくるりと輪っかのようになっていた。どこが最初でどこが最後、というふうに切れ目が無く、

若草書雲字之状。

草書の雲字の状のごとし。

崩し字で書いた「雲」のように見える。

そして、

又有一白物在其下。如乙字然。

また一白物のその下に在る有り。乙字の如く然り。

もうひとつ、今度は白いモノが、その下に浮かんでいた。こちらは「乙」という字のように見えた。

久之始滅。

これを久しくして始めて滅ぶ。

ずいぶん経ってからようやく両者とも消えた。

わしは案内の下吏に

「今のは見なかったよな」

と訊いてみたところ、下吏は何事も無かったかのように

「見ましたよ」

と答えた。そして、

言龍闘云。

言うて「龍闘なり」と云々。

「龍が二匹、けんかしていたんでしょう」と淡々と言った。

それ以降は見ていない。

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明・劉昌「縣笥瑣探」より。この書は明の成化年間(1465〜87)を中心に、有名人のエピソードや、異聞・奇譚の類を記したもの。一巻。

わずか五世紀ほど前には、龍はあんまり珍しいものではなかったのです。

なお、この記事の数か月後、天順帝が崩じ、成化帝が即位した。その翌年には劉通の乱が起こっている・・・が、数年で収まった。大明帝国はそれ以降、長い最盛期を迎えるのであるから、時代の変革期かなんかの予兆として出現したわけでもなさそうで、ごく普通に出現していたのでしょう。「おかしなこと、有り得ないことでも、見慣れていると不思議なことでは無くなっていく」ということでございますよ。

これからは、まともな世の中になるといいのですがね。

 

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