不思議なもの。
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忘れもしない、天順七年(1463)九月十六日である。
わたしが官に赴任するため、出迎えの下級役人とともに江南に向かっていたときだ。汝州の手前で、
見一物於中天。
一物を中天に見る。
空の彼方に変なモノが見えた。
それは、
淡白垂長数丈。
淡白にして垂れ、長さ数丈なり。
白っぽい長細いものが、空にぶらさがっているかのようにぶらりと垂れていたのである。長さは数メートルであろうか。
その先っぽが少し曲がって、「し」の字のようになっていた。
少頃不見。
少頃にして見えず。
しばらくしたら見えなくなった。
――なんだ、あれは?
と首をひねっていたら、
忽又垂出。
たちまちまた垂出せり。
突然また、空中からぶらさがるように出現したのであった。
今度はひらひらと動き、さっきよりも長く垂れ下がり、
如数百丈線。
数百丈の線の如し。
数百メートルもある細い糸のように見えた。
ついに
「あれはなんだ?」
と声を出して指さしてみたが、同行の下吏は驚きもせずに
此龍也。
これ、龍なり。
「あれは龍でしょ」
と答えて、特に不思議がるふうでもなかった。
しばらくしたら見えなくなった。
・・・・・十月二日。
南陽から�ケ州に向かう途中だ。
朝から降っていた小雨があがった。
このとき、
忽見西南有黒物在薄雲間。
忽ち見る、西南に黒物の薄雲の間に有るを。
突然、西南の方向に黒いモノが薄雲の間にあるのが見えた。
――な、なんだ、あれは?
これはくるりと輪っかのようになっていた。どこが最初でどこが最後、というふうに切れ目が無く、
若草書雲字之状。
草書の雲字の状のごとし。
崩し字で書いた「雲」のように見える。
そして、
又有一白物在其下。如乙字然。
また一白物のその下に在る有り。乙字の如く然り。
もうひとつ、今度は白いモノが、その下に浮かんでいた。こちらは「乙」という字のように見えた。
久之始滅。
これを久しくして始めて滅ぶ。
ずいぶん経ってからようやく両者とも消えた。
わしは案内の下吏に
「今のは見なかったよな」
と訊いてみたところ、下吏は何事も無かったかのように
「見ましたよ」
と答えた。そして、
言龍闘云。
言うて「龍闘なり」と云々。
「龍が二匹、けんかしていたんでしょう」と淡々と言った。
それ以降は見ていない。
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明・劉昌「縣笥瑣探」より。この書は明の成化年間(1465〜87)を中心に、有名人のエピソードや、異聞・奇譚の類を記したもの。一巻。
わずか五世紀ほど前には、龍はあんまり珍しいものではなかったのです。
なお、この記事の数か月後、天順帝が崩じ、成化帝が即位した。その翌年には劉通の乱が起こっている・・・が、数年で収まった。大明帝国はそれ以降、長い最盛期を迎えるのであるから、時代の変革期かなんかの予兆として出現したわけでもなさそうで、ごく普通に出現していたのでしょう。「おかしなこと、有り得ないことでも、見慣れていると不思議なことでは無くなっていく」ということでございますよ。
これからは、まともな世の中になるといいのですがね。