気温が下がってきたので体重増えてきた。下向いたりしづらくなるので困ります。
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江西・吉安の富豪・某、新たに妻を娶った。
披露の宴には親疎を問わず多数の客が賀を述べに来たので、某の家はごった返したのであった。
この混雑に乗じて、婚礼の祝い品などを狙い、手癖の悪い男がふらりと家内に忍び込んで、
入婦室、潜伏床下、伺夜行窃。
婦室に入り、床下に潜伏して、夜を伺いて窃を行わんとす。
披露宴の間は誰もいない花嫁の部屋に入り込み、ベッドの下に這い込んで、夜になってみなが寝静まったら、めぼしいものをいただいて逃げて行こう、とした。
ところが、夫は若い花嫁にぞっこんで、毎晩毎晩灯りをつけっぱなしにして、新婦のからだのあれこれを指摘し、それで新婦が恥ずかしがるのがたまらないらしく、朝まで執拗に事に及び続けるのであった。
こんなふうにして、
不意明燭達旦者三夕。
意(おも)わずも燭を明らかにして旦に達するもの、三夕なり。
予想もしなかったことに、燭台の灯りを消さずに朝まで眠らないことが、三晩も続いたのであった。
昼間の明るいうちは人がたくさん出入りするので、逃げ出すことができない。
この男、四日目の朝、ついに
飢甚奔出。執以聞官。
飢え甚だしく、奔出す。執りて以て官に聞す。
飢渇に耐えられず、ベッドの下から飛び出してきた。すぐに取り押さえられて、盗みを企てたとして役所に突き出されたのである。
ところが、この男、根っからの悪党と見えて、官に突き出されると、県尉の前でほとほと困り果てたかのように嘆息つきながら、逆に訴えたのであった。
「県尉(市町村警察署長に該当)さま、
吾非盗也、医也。
吾、盗にあらず、医なり。
わたくしは盗人などではございません。医者なのでございます。
いろいろ新婦のおからだの御相談に乗っていたのですが、どういう誤解をなされたのか御夫君がわしを盗人だと言い出して、こちらに突き出したのでございます。これでは新婦にとってもよろしくはございませぬ。ほとほと困っております」
そして、
「このようなことを御相談にあずかっておりました・・・」
と、三日間、ベッドの下で夫がいろいろ指摘して新婦を恥ずかしがらせていたもろもろの新婦のからだの特徴を、まるで相談を受けていた主治医のように述べたのであった。
「む。むむ。そ、そうなのか・・・」
と県尉は微に入り細に入るその男の供述を聞いて、その申し立てを半ば信じ、ついに富豪・某家の新婦に証人として出廷するよう命じた。
富豪の家では弱り果てた。
新婦はたいへん恥ずかしがりの良家のむすめであるのだ。法廷でからだのことのあれこれなど訊ねられてまともな応対ができるはずがない。また、某家にとっても婦人の実家にとってもたいへんな恥じであり、本人も生きていようと思えないほどつらいことになるであろう。
ということで、某は信頼する老吏に、なんとかうまく出廷を免れる方法が無いか相談したのであった。
(参考)旧チュウゴクでございます。ゲンダイでは「官吏」と熟してひとくくりになる「官」と「吏」は、当時はまったく違った存在だったのでございます。一言でいえば「官」は科挙試験合格など一定の資格を持つ者の中から国家が命じる役人ですが、「吏」は地方土着で訴訟などの処理案を作成する民間人で、多くの場合世襲です。自分たちで定めた手数料とプラスして袖の下などを得、また各地の田紳など有力者と深くつながって地方行政に莫大な利権を持っておりました。
老吏はこの地の事情に通じておりますから、こんな医者がいないことはもとより承知であります。
「県尉さまにもようく申し上げてみよう。わしに任せておけ」
と答えたのであった。
さて。
開廷の日がやってきました。
正堂の一段高い正面に県尉さま。
その向かって左、少し低い縁側には、書記をつとめる老吏。
一段低いお白洲には、向かって右に被告に当たる「医者と名乗る男」。
当時の法廷はある種の娯楽でもありましたから、お白洲の外には、見物人もわんさか集まって来ております。
そこへ向かって左手から、数人の侍女にかしづかれながら、うら若い女が入ってまいりました。
決して派手な服装ではないが、うつむきかげんの楚々とした、しかし目元などたいへん艶っぽい美しい女でございます。
「ほう」「これは・・・」
見物のわんさかの群集どもから、好色にも似たため息がもれる。
その女がお白洲の一方に座り、「医者と名乗る男」と対面した。
老吏に促されて、県尉が重々しく口を開いた。
「では開廷する。まず、被告の方から、何か相手に申したいことがあるか?」
医者と名乗っている盗人は、
「ございます」
と膝をにじらせて女の方に向かい、
「お嬢様、どういうことでございますか、わたくしを盗人などに仕立ててお役所にお突き出しになるとは・・・。いかに某に言い含められたこととはいえ、わたくしは悲しうございますぞ。わたくしを医者である、と証ししてくださらなければ、申し訳ござらぬが、わたくしは自らの身の証しのために、このみなさまがたの前でお嬢様のおからだのいろいろを申し上げねばならない・・・・」
「ああ、わかった、よしよし、もうよいぞ」
県尉は被告の発言を遮った。
そして、老吏の方を見やると、
「あなたの言うとおりだったなあ、むふふふ」
と笑った。
「い、いったいどういうことでございまするか?」
といぶかしがる被告に向かって県尉の判じていうに、
「静まれい。よいか、そこにいる女は、おまえが診察していたと言い張る某家の新婦では、ない、のだ。
選一妓、盛服至。
一妓を選びて、盛服して至らしむ。
官妓の一人に人妻の服を着て、出廷してもらっただけだ。
おまえの言うとおりおまえが新婦の主治医なら、新婦の顏かたちをよもや見間違うことはあるまい。一方、某家の申し立てによれば、おまえは
潜入突出、必不識婦。
潜入して突出すれば、必ず婦を識らず。
ずっとベッドの下に隠れていて、それから突然飛び出して逃げ出そうとしたらから、(いろんなことは聞いてはいても)新婦の容貌は詳しくは知るまい。
とのことであった。
そのことの正否を確かめてみたまでだよ」
県尉、立ち上がり、
「これにて一件、落着!」
と呼ばうと、
大笑。盗遂伏罪。
大いに笑う。盗ついに罪に伏せり。
大笑いして去って行った。盗人はここに至って、とうとう自らの罪を認めたのであった。
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以上。「智嚢全集」巻十より。
わしも上にこんな感じでぐうの音も出ないようにやられ・・・と自分に引き当てて言いかけたが、その筋に今の感情がばれてしまうかも知れないので、暗く無表情に押し黙る肝冷斎であった。ぎぎぎ(←心の歪む音)。