台風近づいておりますが、なかなか近くまで来ない。それにしても、今日も叱られた。
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明の時代のことです。
呉の地方に陳湖(ちんこ)というみずうみがあったというのです。ぐへへへ。那覇に漫湖がありますので、対句になっておりますね。ぐへ、ぐへへへ。
さて、この陳湖の西南の隅、いくつかの川が湖に流れ込むあたりに、深い深い淵があった。
その深さ、測るべからず。そして、その淵には
産老蚌其大如船。
老蚌のその大いさ船の如きなるを産す。
いつのころからか、巨大な蚌(どぶがい)が棲息していた。その大きさは船ほどもあったのである。
そして、この巨大などぶがいには宿敵がおったのじゃ。
常有龍來取其珠。
常に龍有りてその珠を取らんと来たる。
龍があって、つねにやって来てどぶがいの巻いた珠を奪おうと狙っていたのだ。
執拗に珠を狙う龍であったが、
蚌与龍闘三昼夜、無如之何。
蚌と龍と闘うこと三昼夜、これを如何ともする無し。
どぶがいと龍はあるときは三日三晩戦った。結局、龍はどうすることもできずに引き上げたのであった。
後、景泰七年(1456)の冬、例年に無い厳寒に
河氷尽合。
河氷ことごとく合す。
川も湖も一面に氷に覆われてしまったことがあった。
このときどぶがいは
自湖西南而出、氷皆摧堆、擁両㟁如積雪。
湖の西南より出でて、氷みな摧(くだ)かれて堆となり、両㟁(がん)に擁すること積雪の如きなり。
みずうみの西南の隅から移動し、その移動に応じて表面の氷はすべて砕かれて、通り道の両側は、まるで雪が積もったかのように盛り上がったのである。
「㟁」(がん)は「山」を上に移していただくと、見慣れた字に変化します。
以後、このどぶがいが人に見られることは二度と無かった。
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孫華老が江蘇・高郵の湖辺にて田舎住まいをしていたときのこと、
一夕荘客報湖中珠見。与数人同至見水際微有光彩。
一夕、荘客報じて「湖中に珠あらわる」と。数人と同じく至るに、水際に微かに光彩あるを見る。
ある晩、村人が「先生、湖にタマが出現しましただよ」と教えてくれた。そこで、家人ら数人とともに湖に見に行くと、暗い水辺にかすかに光芒あるを見た。
「やや?」「これはいったい?」「どういうことか?」
と言っているうちに、
俄光明如日、陰霧中人面相覩。
にわかに光明日の如く、陰霧中に人面相覩たり。
突然、その光、まるで太陽のように輝きはじめ、暗い靄の中でもお互いの顏がはっきり見えるほどになった。
「わあ」「どうしたことじゃあ」「あわわわあ」
とわいわい騒いでいるうちに、湖面に目も開けていられないほどまぶしい光が輝きわたった。そして、
忽見蛤如蘆蓆大。一殻浮水上、一殻如張帆、其疾如風。
忽ち、蛤の蘆蓆の如きの大いさなるを見る。一殻は水上に浮かび、一殻は張らるる帆の如く、その疾きこと風の如し。
突然、二枚貝が現れたのだ。その大きさは、蘆で編んだムシロほどもあり、一方のカラで船のように水の上に浮かび、もう一方のカラを帆のように張って、それで風を受けて、まるで疾風のように過ぎ去ろうとする。
さきほどからの光は、この二枚貝の中の珠の光であったのだ。
「わあわあ」「なんだこれはあ」「なんだというのだあ」
と驚いていると、ちょうどそこにいた船頭が
「追っかけてみまっさあ」
と威勢よく舟を出した。しかし
舟子以小艇逐之、既遠乃没。
舟子、小艇を以てこれを逐うも、既に遠くしてすなわち没す。
船頭が小さな舟で追いかけてみたが、あっという間に遠く離れて行き、そして水中に沈んで行った。
しばらく湖面から空に向かって一条の光が立ち昇っていたが、やがてそれも淡く闇に融けるように消えて行き、我に返った孫華老らの耳には、いつもどおりの汀の音が聞えるばかりであった。
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どっとおはらい。「玉芝堂談薈」巻三十五より。
ああおもしろかった。わしは、少し時間があればこんなおもしろい話もできるのです。それなのに、なんで毎日叱られ、どやされていなければならないのか。・・・と思いましたが、もしかして、普通の人からすると、こういう話はおもしろくないのかも?こんな話を読んでおもしろくないのでイライラした人が、わしをどやしつけているのかも? まさか・・・こんなにおもしろいのに・・・。
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こんなことばかり言っている肝冷斎は、近代浄土宗の成道者・辨榮聖者がおっしゃっております次のことば(都都逸になっていますね)を肝に銘じるとよかろう。
むだやこゞとをいふ口いらぬたゞその口で南無阿弥陀仏
みなさんは大丈夫かな?