月曜日。特に今日からは夏休みもおちまい。おいらたちのようなコドモも現実に戻るしかないのさ。
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現実的なお話です。
五代・梁の冀王・朱友謙は河中の藩鎮(地方総督)として威武を誇ったが、その手には
常以一鉄毬杖昼夜為従。
常に一鉄毬杖を以て昼夜従と為す。
いつも一本の鉄の杖(一方の端に鉄の球が付けられている)を持ち、昼も夜も手放すことがなかった。
この杖で、
遇怒者撃而斃之。
遇怒者を撃ちて、これを斃す。
彼の怒りに触れる者があると、たちどころに殴り殺すのであった。
さて、何しろ五代の戦乱の時代でございます。男も女も激しかった。
朱友謙には愛妾があり、このオンナがその寵愛をほぼもっぱらにしておったが、このオンナ、朱の正妻の誕生日に、
珠翠衣(真珠の飾りのついた緑の服)
を作り、これをお祝い品として献上しようとした。
夫人拒而不納、姫乃発怒、悉焚之。
夫人拒みて納れず、姫すなわち怒りを発し、ことごとくこれを焚けり。
正妻は(贅沢な品を自由にできるという愛妾の驕りに嫌気して)受け取りを拒否。愛妾はこれに怒って、珠翠衣に火をつけ、燃やしてしまったのであった。
「きいきい」「なによ、きいきい」と人と人とが争う声が聞こえてまいるような記述ですね。
衣が燃える匂いを嗅ぎつけた朱友謙、
「いったい何事じゃ」
と周囲の者に経緯を訊ねた。
「なるほど、珠翠衣をのう。誕生日の贈り物としては確かに過ぎたものよなあ・・・」
と頷きながら聞いた友謙、しばらく思案していたが、日暮れ方になると、
命其姫三杯。
その姫に命じて三杯せしむ。
愛妾と卓をともにし、まず彼女に三杯の酒を飲ませた。
「どうじゃ、美味いか」
「おほほ、おいしうございますわ。次はとのさまに・・・」
「いや・・・」
友謙は盃を差し出す愛妾の手を押とどめ、大きく深呼吸すると、
後、責人喝起、而毬杖破脳矣。
後、人を責めて喝起し、毬杖にて脳を破れり。
やおら、「おまえは何ということをしてくれたのだ!」と大声で叱りつけると、くだんの杖の球の部分を愛妾の頭に振りおろしたのだった。
女の頭はぐしゃりと潰れ、砕けた。
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いやー、いかにもチュウゴク的には「そのそこに、いままさにある」ような現実味を持った話ですなあ。美しい女の頭を「ぐしゃ」か。血も脳漿も芳しく匂ったことでございましょうよ、ひひひひひひ。朱友謙はこのオンナが、自分の閨房、ひいては私生活を専断しつつあるのを未然に防ぎたかった、ということもありましょう。宋・銭易「南部新書」辛巻(第八巻)より。
「南部新書」は、約一年半ぶりの引用になりますので、改めてご紹介しておきます。北宋初期の銭易、字・希白が歴史上の数々のエピソードを集めた書物で、後世の歴史家から、その史料性を高く評価されている著作である。要するに信憑性が高い。現実にあったお話が多いのである。なお、銭易は五代の呉越王の子で、真宗皇帝のころに翰林学士にまでなった博学のひとです。