あたまいたいよう。右腕も痺れるし、もしかして重大な状況?
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(昨日からの続きです)張某は南海にやってまいりました。
暑い。蒸し蒸しする。昆虫がでかい。ひとの色が黒い。お酒の度数が高い・・・などなど、いろいろ物珍しいものばかり。
ある日のこと、南海の向こう、波の彼方に高い楼台が見えた。
地元の属官に問う、
「この果てにまた国があるのか?」
「はあ? ございませんですだよ」
「では、あの楼台は何か。あれだけの高い塔は長安や揚州にさえ見られぬであろう」
「はあ? 何いうておられますのだか・・・」
「あれじゃ、あれ」
張は苛立ちを見せながら、彼方を指さした。
「ほう? ああ、あれのことですか、ぶはははー」
属官言うた、
「尉官は御存じございませなんだか。
梁・任ム「述異記」にいう、
黄雀秋化為蛤、春復為黄雀。五百年為蜃蛤。
黄雀は秋に化して蛤と為り、春にまた黄雀と為る。五百年にして蜃蛤(しんこう)と為る。
黄色い雀は秋にはハマグリに変化する。春が来るとハマグリは黄色い雀に戻るのじゃ。これが五百年生きると、ついに巨大な二枚貝となる。
その巨大な二枚貝は、明・李時珍編「本草綱目」にいう、
大蛤即蜃也、能吐気為楼台。
大蛤すなわち蜃なり、よく気を吐きて楼台と為る。
巨大なハマグリは「シン」と呼ばれ、これはガス状の気を吐き出して、楼台の形を成すのである。
あれはその蜃の吐く気が見せる楼台、すなわち「蜃気楼」にございますだよ」
「あれが「蜃気楼」か・・・」
「まあ、あすこに住んでいるかも知れないモノもおりますがなあ・・・」
「蜃気楼に住んでいる者がいる、というのか」
「さよう・・・かの蜃気楼は、「鮫人」(こうじん)たちの拠るところともいう」
「鮫人? 水中に住むという半人半魚の想像上の動物か・・・」
「想像上?」
属官はその言葉を繰り返して、「ぶはははー」と笑った。
「尉官どの、鮫人が想像上のいきものだというは北方のひとびとの迷妄に過ぎぬ。例えばあの店先をよろぼい歩いているモノをご覧なされよ」
「なんじゃと?」
属官の指さすところを見るに、確かによろよろと、まるで老人のように歩いている者がいるが・・・
「あ」
と張は思わず声をあげてしまった。
それは、確かに二本の脚で歩いていた・・・が、上半身には何か薄手の着物を羽織っているものの、その下から、きらきらと青白く光るウロコが体表を覆っているのが見えるのだ。そして、何気なしに振り向いて、ふと一瞬、張と目が合うたが、その目は魚のあの目であった。表情も意志も無く、ただ世界の光を吸収しているだけのあの黒い目であった。
「あ、あれは・・・」
「ご覧なされましたかなや。あれぞ、「述異記」にいう、
南海中有鮫人。水居如魚、不廃機織。其眼能泣、泣則出珠。
南海中に鮫人あり。水居して魚の如く、機織を廃さず。その眼、よく泣き、泣けばすなわち珠を出だす。
南海には「鮫人」がいる。彼らは水中に棲むこと、魚と同様であるが、はたおり作業は行っている。彼らの目は(魚と違い)涙を流して泣くことがあり、涙を流せば、その涙が「珠」(たま)となるのだ。
という鮫人にございまする。晋・張華「博物志」にいう、
鮫人水居、出寓人家、売綃。臨去、従主人索器、泣而出珠、満盤、以与主人。
鮫人水居し、出でて人家に寓して綃(しょう)を売る。去るに臨みては主人によりて器を索(もと)め、泣きて珠を出だし、盤に満たして以て主人に与うなり。
彼らは水中に棲むが、時に陸上に上ってひとの家に間借りし、織ったうすぎぬを売る。商売を終えて水中に還るときには、主人から器を借り、自ら涙を流すのだが、その涙が珠となって器に溜まる。盆いっぱいに珠を溜めてから、彼はそれを主人に戻し、滞留の礼とするのである。
ちょうど彼はそのうすぎぬを売りに、陸上に来ているところでございます。ほれ、あちらにも御同類が・・・、あ、あちらにも」
「むう。こんなにたくさんいるのか・・・」
「もとより彼らの本拠はさらに南の現在のベトナム方面でございます。そちらの方まで行くと、逆に人間が彼らの国へ行くとも申しますな。後漢・郭憲の撰と伝わる「洞冥記」にいう、
味勒国在日南。其人乗象、入海底取宝、宿于鮫人之宮、得涙珠。則鮫人所泣珠也。
味勒国は日南にあり。そのひと、象に乗りて海底に入りて宝を取り、鮫人の宮に宿して涙珠を得。すなわち鮫人の泣くところの珠なり。
ミロク国というのは(現代の)中部ベトナムあたりにあるという。その国のひとは象に乗って海中に入り海底の宝を採取している。さらに、「鮫人」たちの住む地に泊まりこんで、彼らの涙の珠を取得するのだ。その珠は鮫人が泣いて流した涙である。
と記録されております」
「う〜ん」
ということで、張某は都にいる岑参あてにこれらのことを書いて送った。
楼台重蜃気、 楼台は蜃気を重ね、
邑里雑鮫人。 邑里には鮫人を雑(まじ)う。
遠くの楼台は蜃の吐いた気が幾重にもなったものであった。
この町中には何事も無いかのように鮫人たちがまじわり住んでいる。
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ところで、属官、自分で話しながら自分で悩み始めました。
―――味勒国・・・ミロク国? あれ? このミロクって、もしかしたら柳田國男先生のいう「ミミラク」→「ミロク」→「ミーラ」→「二ライ」と転訛する南海の常世のことかも・・・。あるいは「竹内家古文書」にあるという太平洋の超古代に存在した「みよい」の国だったりして・・・。ちょっと待てよ、「みよい」→「ムー」と転訛したりして・・・
みなさんも考えてみてくださいよ〜。ダメ?そんな想像力もない?マニュアルの勉強とかしないといけないときに、想像なんてしているなんて時間がもったいない?
・・・手紙を受け取った岑参の対応は、また明日〜。