――ああ哀しいかな古昔(むかし)は人のみちみちたりし此(この)都邑(みやこ)
いまは凄(さび)しき様にて坐し 寡婦(やもめ)のごとくになれり ・・・・
一週間の労働を終えて、われは今休み憩わんと思いて、心静かに「エレミア哀歌」(グレゴリアン・チャントより。ソプラノ新久美 1989)を聞き、うるわしきものに想いを馳せつつあり・・・。
・・・と思ったら、メールが来た。明日も出勤せよ、というのだ。命令が下ったのである。
また明日にはおそろしいケダモノたちに満ち満ちた社会の中に出ていかなければならないのか・・・。
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銭塘の杜なにがしというひと、舟で移動している最中、
大雪日暮有女子素衣来岸上。
大雪の日暮に女子の素衣にて岸上に来たるあり。
大雪の日、日暮れに白い衣の女が一人、岸の上にたたずんでいるのを見かけた。
杜某は女の容色が気に入り、
「乗っていくかね」
と声をかけた。
女もまんざらでないようで、応じて微笑み、舟に乗りこんできた。
杜は船室に女を連れ込み、
遂相調戯。
ついに相調戯す。
こうして二人はお互いによろこびを尽くしあった。
ことが終わった後のこと。
女はそっと白衣も身にまとうと、まだ裸体で半ば歓楽の夢の中にいる杜の腕をするりと脱け出し、船室の窓を開けた。
「おい、どうした」
女は振り向きもせず、
成白鷺飛去。
白鷺と成りて飛び去れり。
シラサギに変化すると、窓を蹴って飛び去ってしまったのであった。
「―――!」
杜某は茫然としていたが、開け放した窓から入りこむ冷風に思わず激しい寒気を覚えた。
そのまま体調を崩し、
便病卒。
すなわち病卒す。
しばらく病に臥した後、死んでしまった。
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淮南の陳氏のわかもの、畑で豆を撒いていたときに、
忽見二女子姿色甚美、著紫纈襦青裙。
忽ち二女子の姿色はなはだ美にして、紫纈の襦、青の裙を著(き)たるを見る。
突然、(農村には似つかわしくない)ぞくぞくするほど美しい女二人を見かけた。むらさきに染めた服を着、青のスカートを着けている。
陳は女たちに手招きされるままにその後について行き、山中の館に入りこんだ。
時にさっと雨が降ってきたが、女たちの着ているものは、
天雨而衣不湿。
天雨すれども衣湿らず。
雨に降られても湿っていなかった、という。
陳は女たちに手を引かれ、奥の部屋に案内されたが、途中で
其壁先掛一銅鏡、鏡中見二鹿。
その壁に一銅鏡を先掛するに、鏡中に二鹿を見る。
その壁の行く手に一枚の銅製の鏡がかかっていたが、その鏡の中に映る女たちは二頭のシカであった。
「おかしいと思ったんだよな」
陳はつぶやくと、やおら腰から山刀を抜き、
以刀斫獲之以為脯。
刀を以てこれを斫獲し、以て脯(ほ)と為す。
刀をふるって二人を斬り殺すと、切り裂いて干し肉にしてしまった。
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というように、世の中にはケダモノどもが満ち満ちているのである。晋・陶淵明「捜神後記」より。