疲れた。しかし、そのわしに
「何か言え」
とおっしゃるか。
では申し上げましょう。
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万事可忘、難忘者名心一段。千般易淡、未淡者美酒三杯。
万事忘るるべきも、忘れ難きものは名心一段なり。千般淡なること易きも、いまだ淡ならざるものは美酒三杯なり。
どんなことも気にかけないでいられるつもりだが、ただ名折れになりたくないということだけは気にかかる。
たいていのことには淡白でいられるつもりだが、ただ旨酒三杯にだけは今のところ淡白でいられない。
すると、親戚の張竹坡が揶揄して言う。
是聞鷄起舞、酒後耳熱気象。
これ、鷄を聞きては起舞し、酒後に耳熱きの気象なり。
これは、朝っぱらからニワトリの声を聴くなり起きだして踊りはじめ、酒から醒めた真夜中にもまだ耳がかっかと熱いような、熱しやすいひとだなあ。
―――わしは名心も美酒三杯ももう乗り越えたぞよ。
そこへ、王丹麓が言いさした。
―――ほんとうかね。
予性不耐飲、美酒亦易淡。所最難忘者名耳。
予は性として飲に耐えず、美酒もまた淡としやすし。最も忘れ難きところは名のみ。
わしはもともと酒が飲めないので、美酒の方は気にならん。しかし、名折れになりたくない、という気持ちはなかなか克服できぬ。
―――あいや。
と陸雲士が口をはさむ。
惟恐不好名。丹麓此言、具見真処。
これ名を好まざるを恐るるのみ。丹麓のこの言、つぶさに真処を見る。
人間、名折れになってもいいや、と思い出したらおしまいじゃ。丹麓の言うているところがほんとうのところじゃろう。
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清・張潮「幽夢影」巻下(及び同書評語)より。
わしは名も棄てた。疲れたのだ。(今週はもう四日も働いたから。)