今日も暑かったでございますねー。(←しばらく天候のあいさつはこれの繰り返しでOKか)
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久しぶりで李白詩など扱いましたので、その流れ唐の時代のことでございます。(唐の時代にはこのじじいもまだ童子でございましたから、童子形でやらせてもらいますじゃ。)
開成年間(836〜840)の初めのことでちゅが、後宮に、
出まちた。
何が出たかと申しまちゅと、毎晩のように
有黄蛇、夜自宝庫中出。
黄蛇の、夜、宝庫中より出づるあり。
夜ふけると、宮中の宝物庫から黄色いヘビが出てくる。
のを、多くの宮女や宦官たちが目撃したのでありまちゅ。
ヘビは基本肉食ですから、ヘビ一匹が捕食して生きていくためにはエサとなる相当の小動物が生きていける空間が必要である。
「宮中の奥深くにヘビが住むとは、はて面妖なこと」
時の文宗皇帝、怪異のことにお詳しい。
「おそらくはあやかしものの為すわざであろう。宮中にそれの多きこと、まこと数うるを用いざるほどなれば」
宦官たちをして、宝庫の中に「それらしきもの」がないか探させしめた。
すると、
黄金蛇(黄金で製せられたヘビ)
の置物が出てきたのでありまちた。
「これは唐朝歴代の皇帝の納められた宝物台帳にはございません」
と大宦官が言う。来歴のわからないナゾのモノであるというのだ。
帝、みずからそれを子細に検分した。
「ふむ。なるほど」
帝は一見してそれが何物か理解したようである。
「これを見よ」
帝の指すところ、
左右因睹頷下有麻女字。
左右、よりて頷下を睹るに、「麻女」字あり。
近侍の者たちがヘビの置物のアゴの下のあたりをよくよく見ると文字らしきものが刻まれていて、「麻」の下に「女」と読めた。
「これは?」
「なんじゃ?「
「あさ・・・め・・・?」
「まじょ?」
帝、「おまえたちは案外ものを知らないのだな」といたずらっぽく笑い、
「「麻」の下に「女」を加えて「レン」と読み、「阿レン」とは隋の煬帝の幼いころの呼び名じゃ」
帝はさらに、
隋煬帝以黄金蛇贈陳夫人。
隋煬帝、黄金蛇を以て陳夫人に贈れり。
「隋の煬帝は、黄金のヘビを見初めた陳夫人に贈った、と聞く。
おのれの愛を受け入れるならばこのヘビを高価な置物として受け取れ。そうでないならば、このヘビに塗った毒を舐めて自らを処せよ、と。
煬帝の欲念か、陳夫人の怨情か、いずれであるかは知らぬが、隋朝滅んでよりすでに200年、それでもなお消えぬ強力な感情が、この金のヘビを呪うて夜な夜なうろつき回らせるものと見えるぞ」
そのとき、
ぶうううう・・・、ぶうううう・・・ぶうううう・・・
「こ、これは・・・」
「なにごとか・・・」
深い情念が時を経てその思いを言い当てられたからでもあろうか、その黄金のヘビは震動し、まるでその苦しみを訴えるかのように低いうなり声をあげはじめたのである。
帝、言う。
「落ちつけ。おそらくはわしが今までに言うた言葉のいずれかに共鳴して唸り始めたのであろう。おそろしき手練れの呪術よ。じゃが・・・」
宝庫の中から「玉彘」(ぎょくてい。玉製のブタの像)と「玻璃環」(はりかん。ガラス玉をつないで輪にしたもの)を探して来させると、
取玻璃環懸玉彘前足厭之。
玻璃環を取りて玉彘の前足に懸けてこれを厭(えん)す。
ガラスの輪で「黄金蛇」と「玉彘」の前足を結び付けて、まじない返しの呪術を行った。
すると黄金のヘビは震動を止めた。
「これでよかろう・・・」
と帝が玻璃環を外させる前に、
ぴしり
とひずんだ音がした、と見る間に、そのヘビの置物を粉々に砕けてしまったのであった。
後不復見。
後また見えずなりぬ。
それ以降、宮中で黄金のヘビを見かけることはなくなった。
帝は近侍に、
以彘能啖蛇也。
彘はよく蛇をくらうを以てなり。
「ブタはヘビを食うから、この呪術が効くと思うたのだ」
と得意そうに言うたという。
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唐・蘇鶚「杜陽雑篇」より。文宗皇帝が使っているのは、後世、類感呪術といわれるようになる高等魔術でございまちゅね。唐朝の皇帝はほとんどが不老不死薬に凝った道士皇帝でありますから、これぐらいのことは知っていたのかも知らぬ。
いずれにせよほとんど同時代のひとの記録でちゅから、間違いはございまちゅまいよ。(←子どもなので単純に信じてしまうのです。それにしても、やっぱりこういうウソかホントかわからん(たぶんウソ)お話を言いふらしているときがおいらは一番楽しいのでございます。子ども心にフィットするのでございましょう。)