むし暑いです。
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シナの占術の一に「八字法」というものがあります。ゲンダイの日本でいう「四柱推命」がこれに該たりますが、要するに、占わんとするひとの生まれた年・月・日・時刻によってそのひとの運命やその人と他人の相性などを占うというもの。原理としては宿曜経によって東方にもたらされたバビロニア占星術(いわゆるホロスコープ占法)と同じで、特定の日時に特定の意義がある、という信念に基づく占術です。動物占いも同じ系統ですね。もし統計的に有為な事象(たとえば音楽家には何月何日に生まれたひとが多い、何月何日生まれの男性が何月何日生まれの女性と結婚する確率は365分の2ぐらいある、というような)があれば、その限りにおいて確率的に正しいことになります。
なぜ「四柱推命」というかといえば、「年月日時」の四つの柱で占うからで、なぜ「八字」というかというと「年・月・日・時」をそれぞれ十干・十二支の組み合わせである六十干支であらわすと、あるひとの生年月日時は例えば「甲子(きのえ・ね)の年、乙丑(きのと・うし)の月、丙寅(ひのえ・とら)の日、丁卯(ひのと・う)の刻」というふうに2×4の八字で表せるから、です。
以上が基礎知識。
さて、明中期の大文人・王世貞(字・元美。1526〜90)が宴会を開いた。
招待客の中に、星術(四柱推命)の術士がいたので、座中のひとびと、争って自らの生年月日を述べて運命を占うてもらおうとした。
それを見た世貞、
「ぶはははー」
と笑って曰く、
吾自暁大八字。不用若算。
われ自ら大八字を暁(さと)る。算のごときを用いず。
「わしは自分で「絶対の八字占い結果」を知っているからな。いまさら生年月日時を数えたりする必要はないのだ」
「ほう? それはどんな占い結果なのですかな」
元美答えていう、
我和人人都是要死的。
「我と人人、すべてこれ死ぬことを要す」的なり。
「「わたしもおまえさんらもみな、いつかは必ず死ぬのである」という占断じゃ」
以上。
わははは。それはおかしいなあ。
このあと宴会が盛り上がったかどうかは知りません。
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くだらん本に載っていたくだらん話。わしもくだらんニンゲン。寝るぐらいしか能はない。早く寝よう。
われはもと無用の人
これはもと無用の書物
一銭にて人に売るべし。 ―――萩原朔太郎「無用の書物」(「氷島」所収)