平成23年4月29日(金)  目次へ  前回に戻る

 

みどりのしたたる季節である。

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杭州の西湖から南に道をとると懐かしい故郷――富春の街並みが見えてくる。

「姐さん、あれが富春でやんす

おれは、三度笠を傾けながら、おれの後を歩いていなさる姐さんに教えた。

「そうかい。いい町だっていうじゃないか」

姐さんは市女笠の下で、白い歯を見せてお笑いになった。

ありがてえことだ。

さて、富春の町の入口には一本の長い橋がある。この橋のことをおれたち土地の者はみな「双投橋」(身投げ橋)と呼ぶのだ。

おれはそのことを口にしようかどうか迷ったが、結局姐さんに教えることにした。

「どうしてだね?」

と姐さんがおっしゃる。したかねえ。おれは橋の下の濁った流れを指さして言う

常有情人双投於橋。

常に情人の橋より双投するあり。

「この橋から、この世で添い遂げられぬおとことおんなが、抱き合って飛び込むから、でさあ。」

できるだけ無表情に言うたのだが、やはり姐さんは、

「・・・・・・」

昔を思うてか、しばらくつらそうに水の流れを眺めていた。「思い出川に身を投げた」ときのことを、思い出しておられるにちげえねえ。

それから涙がこぼれないようにするためだろう、顔をあげて、川向こうの麗春山のみどりの峯を仰ぐように見てなすった。

(姐さん、おれもつれえぜ・・・)

姐さんは歌姫として名高いひとだ。もうその晩には、町一番の店で歌うことになっていた。おれも家に旅の衣脱ぎ捨てるのもまどろこしく聴きに行ったのだ。

姐さんのその晩、歌う歌。

与郎情重得郎容。  郎と情重く、郎の容を得たり

南北相看唯両峯。  南北相看るただ両峯。

請看双投橋下水、  請う看よ、双投の橋下の水、

新開双朶玉芙蓉。  新たに開く双朶の玉芙蓉。

 あんたがやさしくしてくれたから あんたの顔を忘れられない。

 けれどひとりで橋の上にたたずめば、南と北に離ればなれの二つの峯が見えるばかり。

 ―――あんたとは、添い遂げられないさだめなのかね?

ごらんよ。この「身投げ橋」から水面を見下ろしたら、

今日はまた二つ、たまのような芙蓉の花びらが 並んで咲いているのが見えるから。

 ―――あんなふうに、あたいたちも、水の底でなら寄り添えるのかもしれないねえ。

この歌は、元の詩人・馮士頤の詞であると伝う。

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「七修類稿」巻五より。郎仁宝さんも木石ではないということじゃ。ちなみに姐さんが思ういたのはSK氏のことかな?

 

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