みどりのしたたる季節である。
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杭州の西湖から南に道をとると懐かしい故郷――富春の街並みが見えてくる。
「姐さん、あれが富春でやんす」
おれは、三度笠を傾けながら、おれの後を歩いていなさる姐さんに教えた。
「そうかい。いい町だっていうじゃないか」
姐さんは市女笠の下で、白い歯を見せてお笑いになった。
ありがてえことだ。
さて、富春の町の入口には一本の長い橋がある。この橋のことをおれたち土地の者はみな「双投橋」(身投げ橋)と呼ぶのだ。
おれはそのことを口にしようかどうか迷ったが、結局姐さんに教えることにした。
「どうしてだね?」
と姐さんがおっしゃる。したかねえ。おれは橋の下の濁った流れを指さして言うた。
常有情人双投於橋。
常に情人の橋より双投するあり。
「この橋から、この世で添い遂げられぬおとことおんなが、抱き合って飛び込むから、でさあ。」
できるだけ無表情に言うたのだが、やはり姐さんは、
「・・・・・・」
昔を思うてか、しばらくつらそうに水の流れを眺めていた。「思い出川に身を投げた」ときのことを、思い出しておられるにちげえねえ。
それから涙がこぼれないようにするためだろう、顔をあげて、川向こうの麗春山のみどりの峯を仰ぐように見ていなすった。
(姐さん、おれもつれえぜ・・・)
姐さんは歌姫として名高いひとだ。もうその晩には、町一番の店で歌うことになっていた。おれも家に旅の衣脱ぎ捨てるのもまどろこしく聴きに行ったのだ。
姐さんのその晩、歌うた歌。
与郎情重得郎容。 郎と情重く、郎の容を得たり。
南北相看唯両峯。 南北相看るただ両峯。
請看双投橋下水、 請う看よ、双投の橋下の水、
新開双朶玉芙蓉。 新たに開く双朶の玉芙蓉。
あんたがやさしくしてくれたから あんたの顔を忘れられない。
けれどひとりで橋の上にたたずめば、南と北に離ればなれの二つの峯が見えるばかり。
―――あんたとは、添い遂げられないさだめなのかね?
ごらんよ。この「身投げ橋」から水面を見下ろしたら、
今日はまた二つ、たまのような芙蓉の花びらが 並んで咲いているのが見えるから。
―――あんなふうに、あたいたちも、水の底でなら寄り添えるのかもしれないねえ。
この歌は、元の詩人・馮士頤の詞であると伝う。
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「七修類稿」巻五より。郎仁宝さんも木石ではないということじゃ。ちなみに姐さんが思うていたのはSK氏のことかな?