こんな話も聞いてください。
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五代・南唐の世。楊州の街角で年老いた行商人が画の描かれた絹を売り歩いていた。
描かれていたのは二匹の龍。
誰の描いたともしれぬ薄汚れた絵である。
あるひとがぼろきれほどの値でこれを求めると、行商人は歯のない口をあけて笑い、言い値で売った。
買ったひとは持ち帰ってこれを脱色し、衣服に仕立てようと作業小屋に据えた大釜に湯を沸かした。
沸いた湯に薄汚れた絹を浸け込む。
ぐつぐつ。
ぐつぐつ。
ぐつぐつつ・・・。
突然―――
釜中雲蒸起。
釜中より雲蒸起こる。
釜の中から激しく水蒸気が噴き出した!
「うひゃあ」
と驚く間もあったろうか、釜の中から
二龍騰躍、穿壁而去。
二龍騰躍し、壁を穿ちて去れり。
二匹の龍が空中に登り、壁をうちやぶって出て行ってしまった。
釜の中には純白の練り絹が残っていた、という。
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「唐宋遺史」より。この書は北宋の・玠というひとの撰になるというが、早くに逸して、今は「類説」や「雲仙散録」に引かれたものが残るだけである。
1号機から4号機まで。すべての釜がぐつぐつぐつぐつ。全部煮えたら合わせて八匹。龍にも比すべき強い力が空中に飛び立つのである。おお、目にも見えぬ不思議の力、空と海に広がりゆく。