春節ですなあ。よりてうららかな春の日のものがたり。
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春のうららかな日でございます。
今日のこの日も黄金の髪のラプンツェルは、一人高い高い塔の上で、風の行くのを頬に受けながら、日がな一日雲を見つめて暮らしておりました。(注)
注=黄金の髪のラプンツェルが塔の上に閉じ込められた経緯は、グリム童話を参照してください。おお、それとも何でもご存知のみなさまじゃ、参照せずともご存知かも。
生まれてこのかた、一度も地上に降りたことのないラプンツェル、もう十といくつかになって、最近は好奇心も湧いてまいりまして、地上のことが知りたくてなりません。
「ああ、このうららかな春の日に、地上はどうなっているのでしょう」
と歌うように口にしていると、
ぶーーーーーーーーんんんん
「これはこれはラプンツェルさま、ご機嫌うるわしう、ぶーーーーーんんん」
と、ハチの蜂の介が飛んでまいりました。
「まあ、ハチの蜂の介、地上では何か楽しいことが起こっているのではありませんか。教えてちょうだい」
「これはこれはラプンツェルさま、地上で起こっていることに、楽しいことなどありませぬ・・・。ぶーーーんんん・・・、あ、そうだ、楽しくはございませんが、最近、巷ではオロカな詩人のオロカな歌が大人気でございます」
「まあ、ハチの蜂の介、それはどんな歌かしら?」
そこで蜂の介は歌い始めました。
楚山秦山皆白雲。 楚山、秦山、みな白雲。
白雲処処長随君。 白雲処処 長(とこし)へに君に随う。
長随君、 長へに君に随い、
君入楚山裏、 君が楚山の裏(うち)に入れば、
雲亦随君渡湘水。 雲もまた君に随いて湘水を渡らん。
湘水上、 湘水のほとり、
女蘿衣、 女蘿(じょら)の衣きて、
白雲堪臥君早帰。 白雲臥するに堪えたり、君、早く帰れ。
楚の山も秦の山もみんな白い雲もくもく、
白い雲はもくもくと、どこにでもどこにでも、いつまでも君について行く。
いつまでも君について行くからさ、
君が楚の山に籠もりに行くならば、
雲もまた君について楚に向かい、湘水の流れを渡るだろう。
湘水のほとりで
女葛を編んだ服を着て暮らそう。
白い雲の上には寝転がることだってできるのだぞ。さあ、早く帰ろう。
「ぶーーーーんんん、こんな歌なのでぶーん」
「おほほほーーーー」
ラプンツェルは大笑い。
「地上のひとはみんなそんなオロカなのですね。ああ、地上に降りるとオロカが伝染ったりするとイヤだから、わたしはずっとこの塔に住むわ」
「ぶーーーーんんん、それがよろしいでぶーん」
というわけで、今日も暮れ行く。
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ちなみに、このオロカな歌は、李太白の
白雲歌送劉十六帰山(白雲の歌―――劉十六が山に帰るを送る)
である。いつも申し上げておりますが、詩人というのは(わたしを含めまして)オロカ者ばかり。しかしこのひとのオロカさは、チュウゴク三千年の中でも光り輝くものがある。