平成22年8月18日(水) 目次へ 前回に戻る
状元(科挙試験の首席)について。
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第一話
金陵(今のナンキンなり)に一人の乞食僧あり。
嗜酒佯狂、時言人禍福。
酒を嗜み佯(いつわ)り狂い、時に人の禍福を言う。
(戒律を破って)酒を飲む。表面は狂人のように装いながら、時たまひとの未来のことを予言するのだった。
ひとびとは畏れと親しみをこめて「風和尚」(「風」は「瘋」(狂気)の意)と呼んでいた。
受験生の陳瑩中という男が風和尚のところに赴き、
「わしは必ずや今回の科挙試験で合格するであろう。それは自信があるのですが、はたして状元(首席)になれるか否か、お伺いしたい」
と問うたところ、和尚、歯の無い口を開けて笑いて曰く、
無時可得。
それを聞いて陳、
「む。なんと。
得るべき時無し。(首席になれる時が来るはずがない)
とおっしゃるか。
我決不可得耶。
我決して得べからざるや。
わしはどうしても首席にはなれない、というのですな」
和尚はまた
無時可得。
と答え、にたにたと笑うばかりであった。
試験結果が発表されると、瑩中は第二位であった。
首席になったのは
陳時彦
という男で、このとき瑩中はようやく風和尚の予言の意は、
無時可得。
時無ければ得べし。(時彦がいなければ首席なのじゃがなあ)
ということであった、と悟ったのであった。
第二話
ある年の科挙では、首席が畢漸、第二席が趙念という男になった。
試験の結果はいつも大ニュースとなるし、合格者の縁者に一刻も早く伝えれば莫大な褒美がもらえるという風習もあり、発表のときには時間前から本人以外の者も大勢が会場の外に詰め掛けて結果をいち早く知ろうとした。中には「瓦版」に該当する印刷物を作って、試験結果を都中に伝え歩く業者もいた。(このあたり、ゲンダイ日本のわれわれの国政選挙の結果報道(「他局より早く当確を打つ!」といった姿勢・・・)という「風習」に似ているような気がする。)
このとき、業者があまりに急いだので、
以蠟板刻印漸字所模点水不著墨。
蠟板を以て刻印するに「漸」字の「水」を模点するところ、墨を著(つ)けず。
蠟板に名前を彫って印刷したものをつくろうとして、畢漸の「漸」の字にサンズイへンをつけるべきところ、そこに墨が行き渡らなかったらしい。
ために、「漸」(ゼン)ではなく「斬」(ザン)と読め、町中には
状元畢斬第二人趙念。
状元の畢、第二人趙念を斬れり。
首席の畢さんが、二席の趙念を斬ったぞー!
と触れ歩かれてしまった。
これには、畢漸の関係者も趙念の関係者も苦笑したことであった。
ところが、十数年後、この趙念は反逆グループに参画していたことが明らかになり、斬罪に処されてしまったのである。
そのとき、畢漸は刑部の次官であったから、その判決を執行する命令を出すめぐり合わせとなったのだった。
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二件とも北宋の時代のことですが、このような話が
B「霍端友、明年状元となる(夢を見てそのとおりになった)」
C「沈晦、夢に鵬に騎して風をうつ(たら状元になった)」
D「汪洋が大魁(首席)になると予め伝わっていた(らそのとおりになった)」
E「黄涅槃(というひと)のうわごと(で誰が首席になるかわかった)」
など、あとからあとからいくらでも出てくるので今日はこれで止めます。ほんとにこのひとたち(古典シナの知識人たち)は科挙のこと、特に状元のこと大好きなのがわかりますね。「春渚紀聞」巻二より。
(いずれにせよ、こんなのに夢中になっているのは乱世ではなく、太平の善き時代(ベル・エポック)のことでしかありませんけどね。ゲンダイの「ロスト・ジェネレーション」の若者たちを苦しめているのは、「善き時代」の善きモノをちゅうちゅうとしゃぶって尽くしてしまったわしら(エイティーズ)なのであろう。大正〜昭和初のベル・エポックを生きたひとたちが自分たちでわいわい騒いで結果として自分たちの息子を戦争に追いやってしまい、彼らの青春だけでなく身命まで奪ってしまった・・・のと、わしらの立場は同じなのではないか、と思いはじめているです。本当に悪いのはわしらより上のやつら、過去の成功体験で世の中を導いてぶっ壊してしまったやつら、なのですが、とか言い訳してもわれらの罪がきよまるわけではない・・・)