平成22年6月27日(日) 目次へ 前回に戻る
河東の賈弼、ある晩、夢を見た。
夢の中には、顔中にぶつぶつと黒いあばたがあり、巨大なかぎばな、まなこは三白眼のひとが現われ、
愛君之貌、換君之頭。
君の貌を愛す。君の頭と換えん。
「きみはきれいな顔をしているねえ。ぼくの顔と入れ替えてくれないものかねえ・・・」
と言う。
賈弼、答えられないでいると、そのひと重ねて
可乎。
可ならんか。
「いいだろう? うふふふ・・・」
と笑うのである。
夢の中である。逃げ出す術もなくしばらく逡巡していると、
「ひひひ、いいよねえ・・・」
と言いながら、そのひとに頭をつかまれ、二三度左右に振られたかと思うと首のあたりから引きちぎられ、目の前が真っ暗になった。
しばらくするとまた見えるようになったが、首のあたりがどうにもひりひりする。そして、目の前には、自分の顔をしたひとがいて、
「ああ、うまく行った。うまく行ったねえ」
と言いながらにやりにやりと笑うのである。
自分に笑われているのもあまりいい気分ではない、と思った。
―――と、目が覚めた。
目覚めて起き上がり、家人らに
「おはようさん」
と挨拶をすると、日ごろ見知った彼らが、
悉驚走、家人悉蔵。
悉く驚き走り、家人悉く蔵す。
みな驚いたような顔をして逃げ出し、誰も彼も隠れてしまったのであった。
そこで顔を鏡に映してみると、――――ああ、驚いた。
驚いたことに自分の顔が夢の中のひとの顔になっていたのである。
不思議なことにこれ以降、
能半面笑啼。両手足及口中、各題一筆書之、詞翰倶美。
よく半面に笑啼す。両手足及び口中にておのおの一筆を題してこれを書するに、詞・翰ともに美なり。
顔半分だけ笑ったり、顔半分だけ泣いたりすることができるようになった。また、両手両足口の五箇所に筆を持って、それぞれの筆で違った文章を書き下して、文章からみても書としてみてもすばらしい作品を作ることができるようになったのである。
こうして賈弼は当代一流の文章家・能書家として、朝廷でも重く用いられるようになったのだった。
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南朝宋の臨川王・劉義慶とそのブレーンたち(「世説新語」を編集したグループでもありますね)の撰んだ志怪小説「幽明録」より(「太平広記」巻276所収)。
わしも交換してもらおう・・・と思ったのですが、鏡を見てみたら、そういえばもう交換してもらっていたんだっけ、というような感じが・・・それでやっとこの程度の才能だったような気も・・・。