平成22年5月19日(水) 目次へ 前回に戻る
ご承知のとおり自由の身となったわしは、最近調子がよい。
今日は特にすごく張り切って、
「今日はすっごいオモシロいお話をするぞー! わしの才能を世間に見せつけてやるのだあ!」
とぎらぎらとした眼をして机に向かったのだった。
墨を磨って筆を執り、オモシロい話を書こう――――としたまさにその時、
「ほっほっほ、何を目の玉ぎらぎらさせておられなさるのじゃな」
と白髪の老人が背後から声をかけてきたのである。
「おお、ご老人、実はかくかくしかじか、オモシロいお話をして才能を見せつけようと思っているのですぞー」
と答えると、老人はにやりと笑い、
「お止めなされよ」
と言う。
「え? なんで? 才能をひとに見せるのはいいことなのでは?」
老人曰く、
名病太高、才忌太露。自古為然、于今為甚。
名ははなはだ高きに病(なや)み、才ははなはだ露(あら)わるを忌む。いにしえより然りと為し、今において甚だしと為す。
名声が世の中に高くなるのは、悩みごとのはじまり。才能を人に知られるようになることは、悪いことを引き起す。むかしからそうであり、現代においては、よりそうなのである。
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「なるほど」
わたくしは了解いたしました。
よって今日はオモシロいお話をしようと思ったのですが、止めて寝ます。
なお、老人は明の呉従先というひとでありました。(「小窗自紀」第160則による)