福建の福州は五代十国の一である閩国の王都であった街です。
この街のすぐ裏手には烏石山という山があり、その頂は大きな岩塊になっていて、この頂は「薛老峰」と呼ばれておりました。
そして、いつの時代のひとの手によるものか、この岩塊の人の登りようも降りようもない岩壁には
薛老峰
の三文字が縦書きに大きく刻まれておったのでございます。
癸卯の歳、すなわち閩の景宗の永隆五年、南唐の年号では保大元年(943)のことでございますが、ある晩、
大風雨、山上如数千人喧噪之声。
大いに風雨し、山上に数千人の喧噪の声の如きあり。
激しい風が吹き雨が降った。その中で、烏石山の頂の方では数千人のひとびとが大騒ぎをしている声のようなものが一晩中聴こえていた。
翌朝、福州の住民たちは、晴れ渡った空に烏石山の薛老峰を見上げて驚いた。
薛老峰倒立、峰字返向上。
薛老峰倒立し、「峰」字返りて上を向けり。
薛老峰がひっくり返っていたのだ。最後の「峰」の字が一番上になっていたのである。
しかも不思議なことには、「峰」「老」「薛」のそれぞれの文字は逆転しておらず、上下正しく書かれていたのであった。
この年、閩国は滅亡したのである。
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徐鉉「稽神録」巻四より。国の滅ぶとき、天は泣き、地は揺れ、人は乱れるのである。いろんなしるしが現われるのである。おそらくこの国でもこれからいろんな不思議が起こりますぞー・・・みたいな気がしてなりませぬが、これは鬱病性資質の人間に一般に見られる「破局確信」「没落念慮」というものに過ぎないのかも。だったらいいですね。
―――もうだめだ、もうだめだ、と言いながら、わたしは首を吊るための桑の木を探す。・・・そのように常に破局を憂うているような慎重な態度でいれば、最終的にはよき結果となるであろう。―――「周易」より。