あるひと、不老長生の秘薬を得んとして道士・許邀(きょよう)にその方を問うた。
許邀、うーん、と腕組みして曰く、
「さよう・・・、わしは秘薬を処方を知っておりますが、なにしろなあ・・・」
莫大な資金を必要とする、というのである。
そのひとは楊州でも屈指の富豪であったから、必要な資金は用意したい旨伝えると、許邀は秘薬の製作に同意した。そして、富豪に準備させた屋敷の室内に
造炉、俾其人自守之。
炉を造り、そのひとをして自らこれを守らしむ。
秘薬をその中で熱するための大きな炉を造り、その炉を依頼者自身に見張らせた。
そして、
以四十九日成。
四十九日を以て成る。
「四十九日の間、火を絶やさずに熱し続ければ、完成でございます」
と告げたのであった。
その富豪は、信頼できる身内の者を総動員して、毎日毎夜、炉を見守り、火が絶えないように燃料を補給し続けた。
ぼうぼう。
ぐつぐつ。
ごうごうごう。
・・・・・・・ついに四十九日めがやってきた。
許邀は道士の正装を身につけて現われ、白羽扇を手にしつつ、
「いやはや、めでたい、めでたい。みなさまの御努力でとうとうこの日を迎えることが出来申した。今ごろ秘薬は炉の中で、もうめでたい鳥の姿になって間もなくの完成を待っていることでございましょう。あと半刻ほど、日が頭の上まで来ましたら、炉を開くことになりますぞ」
依頼者の富豪もその身内の者もこれまでの努力が報われる、とにこやかに顔を見合わせた、そのとき―――
「にゃごにゃごにゃごー」
「わんわんわーん」
有犬逐猫。
犬の猫を逐(お)うあり。
一匹の大きなイヌがネコを追いかけて室内に入ってきた!
「あ」
「あぶない!」
とさえぎる間も無く、イヌがネコにかみついた!
ネコはイヌを振りきろうとして横ッ飛びに飛んで炉にぶつかった!
イヌはネコを追いかけて一ッ飛びして、これも炉にぶつかった!
どがらがっがしゃーん!!!!
触其炉破。
その炉に触れて破る。
ネコとイヌが炉にぶつかったので、炉は傾いて壊れてしまったのだった。
「な、なんという・・・」
すると、その炉の破れ目から、
有双鶴飛去。
二羽の鶴の飛びて去るあり。
二羽の鶴が、はたはたと飛び出してきて、そのまま天空へ去って行った。
許邀はその鶴を見送ると、呆然としている富豪らに、
「ああ残念ですなー、もう少しでしたのになー、あと半刻火を通せば、あの鶴たちが丸薬に変じて、これを服用すれば不老長寿を得ることができましたのになー」
と残念がってみせた。
・・・ところでこのイヌとネコは許邀の飼い犬と飼い猫で普段はたいへん仲が良かったそうである。
実は、許邀道士に不老長生の薬を頼むと、
毎毎如此。
毎々かくの如し。
いつもいつもこのようなことが起こるのだ。
そこでひとびとは、「これこそ許邀道士の幻術である」と言い、道士が作ろうとする秘薬のことを
化鶴丹(鶴に化ける薬)
と呼んで暗に揶揄していたが、わたし(←著者)は依頼者から取る莫大な資金を考えれば、「化鶴丹」というより、「化金丹」(金が化けた薬)と呼んだ方がよいのではないかと思ったものだ。
それなのに、権貴富豪で許邀に製作を依頼するものは引きも切らなかった、ということである。
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宋・張君房「乗異記」より。この話を聞いて、何か思い当たることはありませんか。あなたが道士の方か富豪の方かはともかくとして。・・・・みなさん、ちゃんと考えてみなされ。