袁丹叔先生のお話をします。今日は第一話。袁丹叔先生(名は国梓)は清代中期に実在された方である。
先生は変な知恵の回るひとであったので、「袁痴」(痴れ者の袁)と言われていたが、一方、文章きわめて風雅、その能力を買われてある郡の仕事をしておられたのだが、辞職して浙江・茸城に帰郷してこられた。
ご自宅は大きな川に面しておられたが、
毎泊糞船于門外、先生悪之。
つねに糞船を門外に泊し、先生これをにくむ。
業者が、いつも肥料にする糞尿を積み込んだいわゆる「汚わい船」を先生の自宅の門前に停泊させるので、悪臭がひどく、先生はこれをたいへん嫌がっていた。
ある日、先生ついに
「今日こそ目にもの見せてくれるわ」
と心を決め、町から羊の肉を一塊買い込んできて、料理した。
これを河畔の船つなぎの傍に、きちんと箱に入れて置いておいた。
お昼時になると、汚わい船の乗り組みの人足たちが人糞を集めて船に戻ってきた。彼らは、肥え桶を担いで人家に行き、いくばくかの代金と引き換えに汲み取りして船にある大きな桶に入れるのである。重労働であった。
彼らは肥え桶を下ろすと、おもむろに弁当を使い出した。
見ると、きちんと箱に入れられた肉の煮物がある。
「おそらく船主が贈ってくれたものではないか」
と早合点して、みな喜びながら昼飯のおかずに食べてしまった。
食事が終わり、そろそろ船の大肥桶も一杯になったので、船出しようかと相談しているところへ、丹叔先生が門から出てきたのであった。
先生、そのあたりをぐるりと見渡して、にやりと嬉しそうに笑うと、
這畜生、今日必死矣。
這(か)の畜生、今日必ず死せんかな。
あのドウブツめ、今日は絶対に死ぬようじゃな。
「ひっひっひっひっひ・・・」
その声も不気味に言うのである。
人足たちも聞きとがめ、
「どういうことでございますか」
と訊ねると、先生曰く、
此地有悪狗、吾買砒霜置肉内毒之、今既食。除一害矣。
この地悪狗あり、吾砒霜を買いて肉内に置きてこれを毒すに、今既に食らう。一害を除けり。
「このあたりには悪い野良犬がおってな。たいへん迷惑しているものじゃから、わしは買ってきたヒ素を肉の中に入れて煮物を作り、野良犬めを毒殺しようと考えたのじゃ。今、見たところ、わしが仕掛けた肉はすっかり食らわれてしまったようで、世の中のために害悪の一つを除くことができたようじゃな。
ひひ・・・ひひっひっひっひっひっひ・・・」
これを聞いて人足たちは驚いた。
「そ、それは・・・」
「まさかあの箱の中に入っていたのでは・・・」
「おう、そうじゃ、そこに入れておいた」
「げげ!」
人足たちは自分たちが誤ってそれを食べてしまったこと、どうしたら解毒できるか教えて欲しい、と懇願した。
先生、びっくりしたふうで、
我毒狗、不毒人、此係爾自作之禍、非我罪過。
我狗を毒せんとす、人を毒せず、これ爾自ら作すの禍に係り、我が罪過にあらざるなり。
「あ、あわわ、わ、わしはイヌを毒殺しようとしたのじゃ、ニンゲンを毒殺しようなどと思ったのではないんじゃ、お、おまえらが自分で勝手に肉を食って災禍に罹ったんじゃ、わしは・・・わしは知らんぞ!」
と言い捨てて、門内に逃げ込もうとした。
人足たちはその袖をつかみ、周りに土下座して解毒の方を教えてくれるよう哀願し、涙・鼻水も流れるようすである。
「うむ」
先生、さすがに同情を覚えたように頷くと、
「いにしえよりヒ素を誤って摂取したときは、人糞を食らうしかない、という・・・。」
船に積まれた人糞を指差して、
啖此、或可解。
これを啖(くら)わばあるいは解くべし。
「それを食えば、もしかしたら解毒できるかも知れぬなあ・・・」
と教えると、
「命には変えられぬ」
人足たちはあらそって人糞を貪り食った。
ただの人糞ではなく、人の家で何週間か糞壷で醸されてきた人糞である。
みなむせ返り、胃中のものを大いに吐き、船着場のあたりにうずくまって苦しんだのであった。
一段落したところで、先生、手のひらを撫でながら、満足そうに言う、
「言うておくが、さきほどの肉料理にはヒ素なんか入っておらんから、安心してよいぞ」
何を言い出すのか。人足たちは力ない目で先生を見上げる。
先生、
「ただし、じゃ。
爾他日仍泊船于此、当令再喫糞也。
なんじ、他日なお船をここに泊めなば、まさに再び糞を喫せしむるべし。
おまえたちが今度また汚わい船をここに停泊させおったら、そのときもまた人糞を食らわせてやるからようく覚えておくのじゃぞ!」
と大威張りで言うと、
「ひっひっひっひっひ・・・」
と哄笑しながら、意気揚々と門内に引き上げて行ったのであった。
人足たちはたいへん立腹したが、それ以降先生の家の前に船を繋ぐのは止めたのであった。
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清・庸陂V人・陳子荘「庸闕ヨ筆記」巻四より。第二話に続きます。が、そちらはこんなビロウなお話ではございません。
ちなみに、無作法な話をすること、特に大小便の話題をすることを「ビロウなことを申し上げる」と言うが、このビロウは「尾籠」と書き、我が国では「太平記」や「源平盛衰記」に既に使われていることばであるという。しかしチュウゴクの古典には出てまいりません。
これはもと「痴」の意の和語「をこ」に「尾籠」と当て字をし、さらにそれを音読みして「ビロウ」というようになったのだ、という。わしが言っているのでなくて「大言海」が言っているのであるから本当のことかも知れぬであろう。