平成21年 9月 9日(水)  目次へ  前回に戻る

いつもの注意ですが、これは寓話であって史実ではありませんよ。

さて、春秋の時代、覇者として名高い斉の桓公が猟に出かけ、とある山中の谷に迷い込んだ。

しばらく当て所なくさまよっているうちに、桓公は白いヒゲを膝まで垂らした老人に出会ったのでございます。

公曰く、

何谷。

何の谷ぞや。

この谷は何という谷なのじゃ。

老人に、谷の名前を聞いたのである。

その地の名を知れば、それは「知る」(その敬語が「しらしめす」)すなわち支配することである、という古い古い時代の統治原理が垣間見えますね。

老人答えて曰く、

愚公之谷、以臣名之。

愚公の谷なり、臣を以てこれを名づく。

「愚かじじいの谷」と申します。(被支配者たる)わたくしの名を以て名づけられたのでございます。

老人はこの谷の所有者であり、かつ「愚公」(愚かな老人)と呼ばれているらしい。(この老人の設定、あるいは「・・・の主」といわれるような、地霊(ゲニウス・ロキの具現化ともとれるが、ここでは深入りしない。)

「ほう・・・」

桓公は落ち着いたもので、じろりと老人を見て、

視公儀状、非愚人也。

公の儀状を視るに、愚人にあらざらん。

そうかのう。お主の格好や振る舞いを見ると、愚か者とは思えぬがのう・・・。

老人、

「うほ、うほほほ」

と笑うた。

「いやいや、わたくしは愚か者でございますぞ。わたくしはいつぞや孕み牛を飼うてござった。この牛が子牛を生みましてな、だいぶん大きくなった。そこで、

売而買駒。

売りて駒を買う。

その子牛を売りまして、若い馬を買いましたのじゃ」

「ほう、それで?」

以下、じじいの言葉である。

・・・いい馬が手に入った、と思うて家に引いてきましたら、町から若い者が来まして、言いましたのじゃ。

牛不能生馬。

牛、馬を生じるあたわず。

「これ、じいさん、牛が馬を生むことができるはずがあるまい」

わたくしは、

「それはそうじゃのう」

と言うた。すると、その若い者言う、

「では、この馬はおまえさんの牛が生んだものではないから、おまえさんのものではあるまい」

「それはそうじゃなあ」

と言うたら、若い者は

「おまえさんのものではない馬なら、おれがもらって行っても問題はあるまい」

と馬を引っ張って、行ってしまいましたのじゃ。

傍隣聞之、以臣為愚。

傍隣これを聞きて、臣を以て愚と為す。

それから、隣近所ではわしのことを「愚か者」と呼ぶようになりました。

そこで、この谷の名も「愚かじじいの谷」という名になったのですぞよ。・・・・・・・・・

以上がじじいの説明である。

桓公、大笑いして、

公誠愚矣。何為而与之。

公誠に愚なるかな。何の為にしてかこれを与うる。

じじいよ、おまえさんは本当に愚か者じゃなあ。何のためにその若い者に馬を与えてしまったのか。

じじいも、

「まったくでございますなあ」

と大笑いして、二人で大笑いした後、桓公はじじいに道を教えてもらって城に戻ってまいりました。

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帰城して、桓公は宰相の管仲にこのことを話した。

管仲、話をじっと聞いていて、話が終わったあとは黙って考え込んでいるふうであった。

やがて、曰く、

此夷吾之愚也。

これは夷吾の愚なり。

これは、わたくし管仲(字・夷吾)が愚かでございました。

「はあ? おまえ、何を言うとるんじゃ?」

と桓公は驚きましたが、管仲続けて言う、

「上古の聖人が支配していた時代に、

安有取人之駒者乎。

いずくんぞ人の駒を取る者あらんや。

どこにひとの馬を騙して盗むような輩がおりましたでしょうか。

また、そのような時代に、

若有見暴如是叟、必不与也。

もしこの叟の如く暴せらるるあらば、必ず与えざるなり。

その老人のようにひどい目にあわされる者があったとして、どうして易々と馬を与えてしまうことがありましたろうか。

おそらくその老人は、

知獄訟之不正、故与之耳。

獄訟の不正なるを知り、ゆえにこれに与うるのみならん。

われわれの刑事政策に正しくないところがあることを知って、(官に訴え出て抵抗しても筋が通らないだろうと考え、)与えてしまったのにちがいありませぬ。」

管仲はそう言うと、

請退而修政。

請う、退きて政を修めん。

「いや、こんなお話をしている閑はございませぬ。わたくしは御前を退きまして、すぐに政務に戻り、刑事政策を見直してまいります。」

と、そそくさと桓公の前から引き下がって行ったのであった。

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「説苑」政理篇より。「説苑」はご存知のとおり、漢の劉向が編纂した古代の説話集ですが、このお話は、為政者は管仲のようにあらゆることを端緒にして、自分の行っている政治について省察し、改革に躊躇してはならない、というようなことを伝える寓話である。はずなので、経営者の方々などにそうやって教えてあげればいい。のですが、こうやってじっくり読んでみると、何となく桓公が領民の老人や部下の管仲にからかわれているように読めてしまっておもしろいです。ね。

(みなさんの大好きな(なぜなら有名だから)山を移す話じゃなくてすいませんでしたねー)

 

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