13世紀のスコラ哲学者アルベルトゥス=マグヌス(1193〜1280)は
万有博士(ドクトル=ウニベルサリス)
の称号をたてまつられた偉大なお方(マグヌスは偉大、の意)であるが、この方は科学的態度に基づいて、いろいろな実験や観察をした方としても有名である。そしてその結果、
駝鳥は石を食えり。されど、火を食らわず。・・・@
と断定したのだそうだ。
・・・と、畏れ多くも澁澤龍彦大先生(おお、われらが時代の万有博士よ)が畏れ多くもおっしゃっておられる。(「黒魔術の手帖」)
(澁澤先生の御知識は、わたしなど十代・二十代のころ、この世にこれほどの博物者がおられるのかと涙と驚きで読んだものであるが、現在の若いひとたちはそういうゴチック的知のあり方さえ、冷笑の対象にしているのでしょうなあ。)
さて、上の@の命題は次の二つの要素から成っております。
1.駝鳥は石を食う。
2.駝鳥は火を食う。
この1.については真であり、2.については偽である、というのが、アルベルトゥス=マグナスのおっしゃったことだ。
すなわち、ダチョウは火や石を食うものだ、と思われていたようであるが、実際のところは何を食うのであろうか?
これはわからん。
うーん。
わからんことは書物に書いてあるはずだから、書物を開いてみましょう。
A 唐・陳蔵器「本草拾遺」
駝鳥如駝、生西戎。高宗永徽中、吐火羅献之。
駝鳥は駝の如く、西戎に生ず。高宗の永徽中、吐火羅これを献ず。
ダチョウはラクダのような鳥で、西のかなたの国にいる。高宗の永徽年間(650〜655)、西方のトカラ国が献上してきた。
このダチョウは背の丈七尺(唐尺は一尺=31センチ強)、足はラクダの如く、羽をはばたかせて地上を行き、一日に三百里(唐代の一里=約560メートル)走行することができる。そして、
食銅鉄也。
銅鉄を食らうなり。
銅や鉄を食う。
とあるので、この資料からは「金属を食う」ことが判明しました。
B 唐・李延寿「北史」(巻九十七)
波斯国・・有鳥形如駝、有両翼能飛不高、食草与肉、亦能噉火。
波斯国・・・鳥あり、形駝の如く、両翼ありてよく飛ぶも高からず、草と肉を食い、またよく火を噉う。
パルスの国に・・・ラクダのような形の鳥がある。二つの翼があって飛ぶには飛ぶのだが、高くは飛べない。草と肉を食うが、火も食らう。
草食・肉食であり、これに加えて「火」を食うことが判明しました。
ところで、このBには異本があり、「能く火を噉う」の「火」が「人」となっているものがあります。
すなわち、
・・・草と肉を食うが、人も食う。
なのかも知れないのです。
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続く。
こういう話はしている間はいいのですが、しばらくしてから見直すと虚しいの一語に尽きる。