一
虎が出ました。
虎は、あるひとを咥えて村から走り出そうとした。
そのひとの腕自慢の息子、虎を射殺せんものと弓を執って満月のように引き絞った。
そのとき、虎に咥えられた父親が、大声で言った。
「我が子よ、脚を狙うのだ。
不要傷壊了虎皮、没人肯出価銭。
虎皮を傷壊してひとのあえて価銭を出だす没(な)からんことを要せず。
トラの皮に傷をつけてしまうと、あとでお金を出して買ってくれるひとがおらんぞ!」
―――息子がどう対処したかは伝わっておりません。
二
遠いところから来たお客人、ずっと座ったまま帰ろうとしない。
その家には鶏とアヒルがわんさかいて、コケコケ、ガアガアとうるさいぐらいであるが、その家の主人、お客人にこう言うた。
家中貧物、不敢留飯。
家中物に貧しく、あえて留飯せず。
わが家は何もございませんでしてな、ご馳走しようにもすべがござらん。
客人それを聞いて、
「なるほど、ごもっとも。では、一本大きな庖丁を貸してもらえぬか」
「どうなさるおつもりで?」
客人答えて曰く、
欲殺己所乗馬治餐。
己の乗るところの馬を殺して、餐を治めんと欲す。
わしが乗ってきたあの馬を殺して、晩飯にしようと思いますのじゃ。
主人曰く、
公如何回去。
公、如何ぞ回去せん。
そんなことをしたら、あなたさまはどうやって家にお帰りになるのですかな。
客人曰く、
凭公、于鶏鴨中、告借一只、我騎去便了。
公に凭(よ)って鶏鴨中より一只を告借し、我騎して去らん。
あなたの家のニワトリかアヒルの一羽をお借りして、それに乗って帰りますぞ。
―――ほんとに馬を食い物にしてしまったかどうかは、伝わっておりません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遊戯主人が「笑林広記」巻九より。「一」の方が実存のぎりぎりのところからの叫びとして、われわれ近代人の心を揺さぶる。