今週から毎日曜日は、清代の「悪党」を紹介する続き物である。
一般にチュウゴクの悪は「すさまじい」の一語に尽きるぐらいのすごさであり、たいてい気分が悪くなるようなことを仕出かすのであるが、ここでご紹介するのは、悪とはいえ、ひとびとの同情や尊敬を受けるもの、気分が悪くならないようなもの、を厳選してお送りします。のでオンナコドモにも安心ですネー。いわば近世シナのピカレスク・ロマン(悪漢小説)である。
最初の主人公は、
九麻子
という。
婦人ではない。本名は不明であるが、姓は方氏といい、九麻子というのは綽名である。
このひとは、乾隆年間に直隷総督まで勤めた方勤襄公の一族で、彼もまた読書人階級に属するひとであった。しかし、若いころから無頼の者たちの仲間に入り、
能以術攫人財。
よく術を以て人の財を攫う。
あっというような方法で他人の財産を奪い取った。
要するに、合法と非合法のぎりぎりのところでひとを騙して財産を奪う、詐欺師であった。
しかし、
富人畏之、貧人又甚喜之。
富人はこれを畏るるも、貧人はまた甚だこれを喜ぶ。
富豪たちは彼のことを恐れたが、貧乏人どもは彼の活動を喜んだ。
なぜなら、彼は稼いだ金を困っている者たちに広く施し、これによって命を救われた者がたくさんいたからである。
その彼が、中年に至って
「わしはそろそろ引退しようと思う」
と言い、ある日、北京近郊の保定府の役所を訪ねてきた。
名高い九麻子であるが、これまで法に触れた行為をしたわけではない。だから「出頭」したわけではなく、
「このたび自分はこれまでの行為を改めたい。これからは地道に生きて、老後のことなども考えたいのでござる。考えてみると、わたくしは一族から高級官僚を何人か輩出した家の出であり、わたくし自身も読み書きができる。お役所でお使いいただくのが、一番世の中の役に立てるように思うのでございます。
願為走卒以自効。
願わくば走卒となりて以て自ら効せん。
できれば役所の下働きをさせていただき、自分の力が役に立つことを確かめとうございます」
と言うのであった。
・断るのも剣呑である。
・また、彼の親族には上述のように官僚になったひともいる。
・それに、彼は文章も書けるし、何より法令のことをよく知っている。
特に二番目の理由が大きかったのであるが、結局役所で「会計掛」の胥吏として雇用されることとなった。ただし、見習いの扱いであるため
月給数金而已。
月に数金を給するのみ。
一ヶ月に数粒の金を給するのみの薄給であった。
しかし、彼は
「これまでの償いの気持ちもあるのでござる」
と言いながら、黙々として働いた。その経理は極めて正確で、またムダに気づくとそれを改め、数ヶ月で、自分の給料の数十倍にもなる余剰金を作ることに成功し、おかげで長く懸案になっていた老朽化した施設の建替えが行われた。
また人当たりもよく、ひとびとはみな彼に好意を抱くに至った。
このため、数ヶ月後には、役所では
数倍其俸給。
その俸給を数倍す。
俸給を数倍に増やしてやった。
彼はこれを大変喜び、
「これでようやく毎日生活していくだけでなく、たくわえができるようになりました。これも貴殿のおかげじゃ・・・」
と逢うひとごとに感謝の言葉を口にしていた。
ところで、彼はほとんど毎日出勤し、夜も遅くまで仕事をしていたが、この頃からは、たまに外出すると、
必購旧皮箱帰。
必ず旧皮箱を購じて帰る。
必ず、中古の革製の箱を買って帰ってくるようになった。
数年積皮箱百数十具。
数年にして皮箱百数十具を積めり。
数年間で、この革箱が百数十セットも家に買いためられたのである。
さすがにひとびとの噂に上るようになり、あるひと、
「これは一体どういう意味があるのでございますかな」
と九麻子に訊ねてみたところ、九麻子、問うたひとの顔をまじまじと見つめながら、答えて言うに・・・。
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次回(来週の日曜ぐらい)に続く。
張祖翼「清代野記」中巻より。