ひょうたんの中には何かが入っているのだ。
天津郊外に住む李某というひと、行楽に出歩いて荒れ寺の跡を通った。ふと見ると、崩れた土塀に
懸一瓠。肥白可愛。
一瓠(コ)を懸く。肥白にして愛すべし。
ひょうたんが一つ懸かっていた。まるまるとして色白く、かわいらしい。
「和漢三才図会」によりますと、「瓠」は夕顔の花が咲き「壷盧」(ころ)という「ひょうたん」を結ぶ植物であって、一般に瓢箪(和名:ひさご)といっている「苦瓠」(クコ)とは違うものらしいが、ここではめんどくさいので「ひょうたん」と表記します。
李某は
「こんなひょうたんを乾かして水筒として持っていればカッコイイだろうのう」
と思いまして、そのひょうたんをもぎとり懐中に入れた。
帰宅途中、野中で用を足そうとして、
緩裳、瓠堕于地。
裳を緩めしに、瓠地に堕つ。
ズボンの紐を緩めたとき、懐中のひょうたんをぽろりと地面に落としてしまった。
「ぼこん」
落ちた拍子にひょうたんに、
裂一隙、有物突出、如鶏破卵。
裂くること一隙、物の突出する有りて鶏の破卵のごとし。
一筋の割れ目ができてしまった。
その割れ目からは何かが突き出してきて、まるでヒヨコが卵を割って出てくるときのようにひょうたんの表面を破るのであった。
「な、なんだ?」
李某が目を瞠っていると、中から出てきたのは、
小和尚也。
小和尚なり。
小さい僧侶であった。
子供の坊主である「小坊主さん」ではなく、大人の僧侶のコビトです。
この僧侶、帽子をかぶらずに頭をてかてかとさらけ出していたが、壮年でなかなか考え深そうな顔立ちをしている。
李某、驚いて声も出せずにいると、僧は李と目を合わせ、
転瞬、高如常人。
転瞬にして高さ常人の如し。
一瞬にして、普通のひとぐらいの背丈になった。
「わ、わわわ・・・」
腰を抜かさんばかりの李に対して僧は言うに、
「どうぞ驚かないでくだされ。わしはもともとニンゲンの僧侶でしたが、悪い行いをし過ぎたものなのです。
募化財物、悉供淫賭。寺有木仏、予嶊為薪。
財物を募化してはことごとく淫賭に供う。寺に木仏有るに、予、くだきて薪と為す。
募金を行って得た財物をすべて淫楽と賭博に使うてしまいましたのじゃ。また、寺には木の仏像がありましたが、わしはそれを砕いて薪木にしてしまったのです」
僧はたいへん悲しそうな顔つきになり、
「そのため、仏教守護の神の怒りにあい、幻覚の中で背中をむち打たれたため、背中にできものができて死にましたのじゃ」
死んでいたのです。
「さらに、
閉魂幽穴、土人掘地出之。飄然一身。
魂を幽穴に閉ざすに、土人地を掘りてこれを出だす。飄然として一身たり。
魂は成仏できずに地中の穴に閉じ込められてしまったのですが、何も知らぬ下賤の民が地面を掘ったときに偶然わしの閉じ込められた穴を掘り当ててしまい、外に出ることができました。自由な身となったのでござる。
しかし、
恐神究責、匿瓠中。
神の究責を恐れて、瓠中に匿(かく)れたり。
護法神に探されてまた罰を受けるのが怖くて、このひょうたんの中に隠れていましたのじゃ。
ところが
不図為君所摘、神責将至矣、奈何。
図らずも君の摘むところとなり、神責まさに至らんとす、奈何(いかん)すべきや。
思いがけずもお前さんにもぎとられて、隠れていられなくなり申した。ああ、もうすぐ護法神が探しに来るでありましょう。どうしてくれるのですか!」
いい終わるや、僧は
「ああ、こうしてはいられない」
と言うて、突然また小さくなると道端の草むらの中に消えて行った。
李某はしばらくそこで茫然としていたが、特に変わったことも無いので、裂け目の入ったひょうたんのから(殻)を拾い、家に持って帰ってきた。
「これがそのひょうたんじゃよ」
と李に見せてもらったが、普通のひょうたんのようにしか見えなかった。ただし、縦に割れ目があって水筒には使えないであろう。
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李酔茶先生の「酔茶志怪」巻二より。清の終わりごろにはこんな悪い僧侶がたくさんいたのでしょうね。