↑左側のは生首にも見える。
湖南・襄陽の劉雨汀という男のこと。
劉は以前、江南のある町で、とあるひとの家の離れに間借りしていたそうである。
夏のこと。
暑夜乗凉、坐庭中、対月啜茗。
暑夜に涼に乗じて庭中に坐し、月に対して茗を啜れり。
暑苦しい夜であった。
室内の暑気を避け、庭に卓と座を設けて、月を見ながら茶を啜って涼んでいた。
と、
どすん。
忽一物堕机上。
忽ち一物、机上に堕つ。
突然、(かぼちゃか何かのような)物が卓上に落ちてきた。
「なんぞや?」
驚いて
視之、新割頭顱也。
これを視るに、新たに割るの頭顱(とうろ)なり。
それを見ると、斬ったばかりのひとの生首であった。
血の滴る生首が動かぬ目で、ぎろりとこちらを見ているのである。
「う・・・う・・・うひゃひゃあ、だ、誰か誰かー」
と驚いて大声で下男を呼び寄せようとしたが、いまだ下男が来ないうちに、
又従空飛墜数級。勢如急雹、左右上下触人。
また空より飛びて墜つること数級。勢い急雹の如く、左右上下に人に触る。
さらにいくつかの生首が、空中から飛んで落ちてきた。その勢いは大粒の雹のようであり、劉の左右や頭や足をかすめたのである。
「首」のことを数えるのに「級」を使いますのは、いにしえ、秦の国で、戦闘行為で敵の首を上げるとその数によって位(「級」)が上がったからであるという。
「い、いったい何なのじゃ」
急避人屋、閉扉、物碰墻窗、砰砰作響。
急に人屋に避け、扉を閉ざすに、物、墻窗に碰(ほう)し、砰砰(ほうほう)として響を作す。
急いで部屋に逃げ込んで扉を閉めたのだが、そのもの(すなわち「生首」)は垣根や窓にとぶつかり、「ぼかん、ぼかん」と音を立てた。
「砰砰」(ほうほう)は「ぽん、ぽん」という擬音語です。
この状態が、
一夜不休。
一夜休(や)まず。
一晩中続いた。
次早、視窗上有血迹、而頭則烏有。
次早、窓上を視るに血迹有りといえども、頭はすなわち烏有(うゆう)なり。
夜が明けてまず窓の外を見たところ、そこには血の跡がべっとりとついていたが、あれほど跳ね飛んでいた生首は、どこにも見えなかった。
「烏有」は「いずくんぞ有らんや」(どうして有ることがあろうか)と読んで、「無い」の意味になります。
劉はこれはよくないことの兆しであろうと思ったが、果たして、しばらくすると
襄陽盗起、闔家遇難。
襄陽に盗起こり、闔家(ごうか)難に遇う。
襄陽の町が流賊に襲われて、劉の一族が全滅した。
との知らせが届いたのであった。
かくして劉は天涯孤独となった。
劉飄泊一身、庚申秋自津之保陽、遂不知所往。
劉、飄泊一身、庚申の秋、津より保陽に之(ゆ)き、遂に往くところを知らず。
劉は一人でさすらいの身となっていたが、庚申の年の秋、この天津の街から保陽(保定府内ならん)の方に行く、と言って去って行ったまま、その後その消息を知る者はない。
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庚申の年、というのは咸豊十年(1860)のことである。ということで、劉一族が全滅した「襄陽の盗」というのは「太平天国」軍であったことがわかった。このときはさしも殷賑を極めた長江中流の大都市・襄陽の全市がほぼ虐殺されたのであるという。ただの「飛頭蕃」系の怪談話、ぐらいに思ってたら大虐殺の話になってしまいましたね。生首飛んでくるのと全市虐殺、どちらもコワいけどどちらか一方だけ味わえ、といわれたら、みなさんはどちらにしますかな。
酔茶先生・李慶辰「酔茶志怪」巻二より。