平成21年12月25日(金)  目次へ  前回に戻る

清初の三藩の乱のときのこと。

武将・額楚進は一隊を率いて、広西の籘県からさらに雲南山中に向けて進んだ。

その山中を進むうちに、突然開けた場所に出た。そこには、小ぶりではあったが、ぐるりを城壁に囲まれた整った城郭があった。

これまで斥候たちから報告されたことのない城だ。

旗幟森列、四門昼閉。

旗幟は森列するも四門は昼に閉ざせり。

城壁の上には旗指物が並んで(守備兵が)いる(ようである)が、四方の門は昼間から閉ざされてい(て、住民がいるようには見えなかっ)た。

額は副官と目配せしあった。

――旗指物の数から見て守備兵は数百か。文様を見るに我が味方ではないようじゃな。

――しかしあれだけ整然と並べてありますと、逆にわれらの目に守備兵がいるように見せかけるための工夫にも見えまする。

――静まりかえっているのは、本当に守備兵がいないのか、それとも中に伏兵が伏せてあるのか。

――やり過ごしてさらに進むと、中に伏せてある兵に背後を突かれる可能性もございますな。

――うむ。やりおるわい・・・。

城を陥しておくにしくはない。

額楚進は、副官に百人ほどの先鋒の兵を預けて、まず正面の城門を破るよう命じた。抵抗する者無く城門が破れればそれでよし、反撃があれば相手の兵力や意図も明らかとなるであろう。

「よし、かかれ!」

発兵攻之。

兵を発してこれを攻む。

先鋒の兵たちは吶喊の声を上げて城門に取り付いた。

彼らが城門に取り付くまでの間、どこからも抵抗するものはない。矢のひとすじも飛んでこない。

大槌を背負った兵士が先頭に立ち、閉ざされた城門の扉を叩いた。

どすん。めりめり・・・

どすん。めりめり・・・

どすん。めりめり・・・

あと一撃で扉は破れるであろう。その状況になってもどこからも何の反応も無い。

――やはり無人の城か・・・。

どすん。ばりばり・・・

城門の扉が破れた。

その瞬間。

黒気障天、倐見毒蛇、蜈蚣及蛛蠍等物従空飛出、悪気噴薄。

黒気天を障(さ)え、倐(しゅく)として毒蛇、蜈蚣、及び蛛・蠍等の物、空より飛び出で、悪気の噴きて薄(せま)るを見る。

黒い霧のようなものが天に向かって噴出した。門内から破れた穴を通って、あっという間に毒蛇、ムカデ、クモ、サソリといった悪虫の数々が空に飛び出し、毒を持つ気味悪い霧が兵士らに迫ったのだった。

「うわあ」

士卒触之、皆体脹腹疼、踣地欲絶。

士卒のこれに触るるや、みな体脹(ふく)れ腹疼き、地に踣(たお)れて絶せんとす。

兵士たちはこの霧のようなものに触れると、みな体が大きく膨れ上がり、腹の痛みを訴えて、そのまま地面に倒れ、死んで行くのだ。

「ひいい」「助けてくれい」

たちまち阿鼻叫喚。先鋒の兵たちは全滅である。

先鋒の兵を率いていた副官も、やはり膨れ上がって二倍ぐらいの大きさになりながら、

「将軍、お逃げくだされー!」

と叫ぶや、

しゅう。

と空気が抜けるように小さくなって、地に倒れた。

「うぎゃあ」「に、逃げろ」

他の兵士はもう後をも見ずに逃げ出し、額楚進もそれに引きずられて逃げ出した。

尾根にかけあがり、かなりの距離を置いて振り向いてみると、ああ、なんということか。

城全体が「黒い霧」となって空に舞い上がって行く。

「黒い霧」と見えるが、そうではなかった。それは無数の虫たちの群れであった。城は虫たちの擬態だったのだ!

もはや死者たちの死体を収めることもできず(←これは指揮官としては恥ずべきことである)、額楚進はとにかく生き残った兵らをまとめて

急撤兵而退。

急ぎ撤兵して退く。

急遽撤退して籘の県城に戻った。

県城に戻るまでの間も、無事だと見えた兵の中から、わずかに黒気に触れたのであろうか、あるいは虫の毒気に打たれたのか、次々と膨れあがって死ぬ者が出た。

清軍がこのようなまぼろしの城郭に出会った例は、一つや二つでは無かったのだそうだ。額楚進のように何とか残兵をまとめて帰ってきた将もあるが、そのまま全滅の憂き目を見た部隊も多く、まぼろしの城を「鬼城」と呼んで、三藩征伐のために広州に入った軍隊はたいへん恐れたものであった。

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清・董蒼水「三岡識略」巻八・己未年(1679)条より。

本当でしょうか。本当だとすると、こんなことがあるのでしょうか。あったんだから本当なんでしょうね。

 

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