もうかれこれ数十年も前のことになろうか。
済陰からやってきたというその園客(庭師)は口数の少ない男であった。
ある貴族から任された庭に、
種五色香草十余年、服食其実。
五色の香草を種(う)えて十余年、その実を服食す。
五色の、香りのいい草を植えて十数年、その草の実を食べて暮らしていた。
どういうわけか、十数年前から少しも年をとっていないように見えたが、そのことを問うと
「そうですか・・・、いや、花草の世話に忙しくて、あまり歳月を数えておりませぬから」
と、目を合わそうともせずにはぐらかすばかりであった。
さて。
その年は春の遅い年であった。
しかしようやくやってきた春は、あっという間に長じて、どこの家の庭でもどこの村の野でも、例年よりも花は濃く、美しく咲いた。
特にその園客の世話する庭の花は、異常なほどに色濃く咲いた。
園客はその花色を見ながら、謎めいた笑いを浮かべることが多かったのである。
ある日、
忽有五色蛾集草上。
たちまち五色の蛾、草上に集まれり。
どこからともなく、五色の蛾が、五色の草の上に群れ集っていた。
他の庭には群れることなく、その園客の世話する庭にだけ現われたのだ。
客荐之以布。
客、これを荐(あつ)むるに布を以てす。
彼は、布を幕のように花畑にかぶせて群れ集う五色の蛾が散らばらぬようにした。
やがて、蛾たちが草の上にタマゴを生みつけると、園客は布を取り除き、蛾はいずこへともなく消えて行った。・・・
・・・数旬の後、タマゴからは
生華蚕焉。
華蚕を生ず。
五色の花の色をしたイモムシが無数に生まれた。
イモムシは五色の花の葉を食らい、それぞれネズミほどの大きさに成長した。ためにあれほど繁茂していた庭の草はほとんど失われてしまったが、園客はやはり謎めいた笑いを浮かべてそのありさまを見ているばかりであった。
イモムシがサナギとなり、五色の繭を作るころになると、どこからか一人の若い女がやってきたが、園客がこの女に対すること、家臣の女王に対するようであった。
女と園客は庭から、普通のカイコの作る繭の数倍はあろうかという大きさの一百二十個の繭を収穫し、巨大な釜に湯を沸かして、これを煮た。
そして何十日もかけてその繭から糸を紡ぎ出した。
わたしどもは何事が起こっているのかと、時に噂しあったが、イモムシが生まれたころからは園客は何を話しかけても答えてはくれなくなっていたし、新しく来た女の方は、まるで命が無いもののように無表情で、言葉をかけようとする者はなかったのである。
ある日、すべての繭から糸を採りつくしたのであろう、釜も紡錘具もそのままに五色の糸だけを持って二人とも姿を消してしまっていた。
倶成仙去。
ともに仙に成りて去る。
二人は仙界に行ってしまったのであろう。
とひとびとは噂したが、釜には巨大なサナギの死骸が残されていて、これが腐敗してしばらくはあたり一帯、たいへんな臭気であったと記憶している。
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梁・任ム「述異記」より。六朝志怪小説の白眉ともいうべき同書ですが、一年以上引用していなかったようですね。
五色の巨大なイモムシが無数に葉を食らう様は、日野日出志先生や花輪和一先生みたいでもぞもぞしてきますが、冬至を過ぎて、一陽来復。今日からは春に向かうのだ。ですから、花と蝶の話でした。我が国もこれから春になるのでしょう。五色のイモムシのように異常なモノとならねばよいが。