この間まで(←だいたい1700年ごろだと思ってください)南安県の知事であった孔興訓は、聖人・孔子の子孫のひとりでもあるが、わたしの友人でもある。
その彼が任地に赴かんとして江西の鄱陽湖を渡る舟に乗ったときのこと。
「いや、あのときは驚いたね」
と彼は今わたしの目の前で回想するのだが、そのとき、船中のひとが騒ぎ立てるので、彼もみなの指差すはるか彼方の空を見上げたのだそうである。
すると、空高くに、
見有物約長十余里許。身有両翼。
物の、約(ほぼ)長さ十余里ばかりなる、有るを見る。身に両翼有り。
長さ十余里(←ほんとだとすると5000メートルぐらい、ということになる)はあろうかという細長いモノが飛んでいるのが見えたのだ。その細長いモノには、二つの翼がついている。
言葉を失って見つめていると、それはやがて
自空中飛入湖。黒質黄文、掉尾波上。
空中より湖に飛び入る。黒質にして黄文、尾を波の上に掉(ふる)う。
空から湖の中に飛び込んだのである。そのとき、その体には、黒い地に黄色い斑文があるのが確認でき、それは尾を波の上に出してしばらく泳いでいたのである。
行数里、猶彷彿於水中見之。
行くこと数里、なお彷彿として水中にこれを見る。
湖中を行くこと数里(1〜2キロ)、その間、そのモノが水中にある姿は透けてはっきりと見えていた。
この日はよく晴れ渡り、風はそよ風、彼の舟も周囲の舟にも、なんの被害も無かった。
竟不知其何怪也。
ついにその何の怪なるやを知らず。
「とうとうどういう不思議のものなのか、わからなかったよ」
と孔は微笑みながら言うのであった。
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王士「池北偶談」巻二十五より。
この大きさ(5000メートルは錯覚も入っているであろうが)から見て、これは未確認飛行物体のUFOの母船の葉巻型というやつに決まりきっていること、火を見るよりも明らかであり、疑いをはさむ余地はないであろう。ということは、この時代、北緯29度線上の鄱陽湖に基地があったということまでわかったわけだ。この緯度を東西に伸ばしていくと・・・、あれ?こんな時間なのに宅配便が来たみたい・・・