「瘤」(こぶ)について。
一
山東の莱陽県の南郊に高家荘という村がありまして、この村の梁という家の奥さん、背中にコブができた。
半月而潰、無膿血。
半月にして潰れ、膿血無し。
半月ほどするとコブがつぶれたが、ウミも血も出なかった。
代わりに、次のようなものが出てきた。
・荊棘(けいきょく)数枝 (イバラが数本)
・一蝉 (セミが一匹)
「なんと」
と家人たちが驚いているうちに、そのセミ、
振羽曳声以去。
羽を振るい声を曳きて以て去れり。
羽を震わせると、じいじいという鳴き声をひとびとの耳に残して、飛び去って行ってしまった。
その後、奥さんには特に変わったことは起こらず、コブの痕もきれいに無くなったという。
二
済寧の街の北郊に梁家海という集落がありまして、ここは一村すべて梁という姓の家ばかりであった。
この梁一族のうちのある男が、あるとき、踝(くるぶし)に異物があるのに気がついた。わずかに豆ほどの大きさに隆起したコブがあり、その表面には瘡蓋ができていたのである。
「どこかで怪我でもしたものであろうか」
と
抓破、出烟一縷。
抓破するに、烟を一縷出だす。
かさぶたを抓んで破いたところ、そこから一筋のけむりが出てきた。
この煙、一晩を過ぎても絶えることがなく、村人らはみな観にきて、不思議なことだと言い合った。
この時点では痛くも痒くもなかったそうだ。
ところが三日ほどすると、
烟熾有炎、入水不滅。
烟熾(さか)にして炎あり、水に入れども滅せず。
煙がどんどん起こり、傷口から炎まで出てきて、くるぶしを水の中に入れても消えなくなったのだ。
一晩中、あかあかと部屋を照らしだすほどであり、ここに至って、
病者呼痛、如炮烙肌膚間。
病者、痛と呼ばい、炮烙の肌膚の間にあるが如し。
その男は、痛い痛いと叫び続け、まるで「炮烙」が皮膚の下に差し込まれでもしているかのような苦しみようだった。
炮烙(ほうらく)に二義あり。
@は本来「炮格」(ほうかく)で、紂王が作った刑罰の道具。油を塗ってつるつるにして、穴の上にかけた鉄棒で、この穴の中には大量の炭火があって鉄棒(すなわち炮格)は赤々と熱せられている。王の勘気を蒙ったひとはこの上を裸足で歩かされ、途中足を滑らせて穴中の炭火の上に落ちていく、その断末魔の叫び声を聞いては、紂王喜びの笑いをあげた、という。(「韓非子」に書いてある)
Aは「炮碌なべ」のことで、煮炊きようの素焼きの土鍋である。
ここは、ナベではなくて@の鉄棒のことでしょうなあ。
そして、
五日廼死。
五日にしてすなわち死す。
五日目(苦しみはじめてから二日)にたちまちにして死んでしまった。
その話を聞いて、たいへん不思議なことだと思ったが、さらに精しく聞いてみると、
此人素無他嗜、惟飲焼酒、後吃烟無算云。
このひともと他嗜無きも、ただ焼酒を飲み、後に烟を吃すること無算なりと云えり。
このひとには特に大した趣味嗜好は無かったが、ただ焼酎を飲み、そのあとにタバコを吸うことがたいへん多かったということであった。
それを聞いて、最初に出たのは体内に貯えられたタバコの煙であり、炎となったのは焼酎であったということがわかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わたしにはわかりませんが、筆者の漁洋山人にはわかったのでしょう。「漁洋夜譚」巻十二より。